・・・彼らから見て闇に等しい科学界が、一様の程度で彼らの眼に暗く映る間は、彼らが根柢ある人生の活力の或物に対して公平に無感覚であったと非難されるだけで済むが、いやしくもこの暗い中の一点が木村項の名で輝やき渡る以上、また他が依然として暗がりに静まり・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・だから、それはただ気休めである丈けではあったが、猶、坑夫たちはそこを避難所に当てねばならなかった。と云うのは、そっちに近い方に点火したものは、そっちに駈け登る方が早かったから。 秋山は、ベルの中絶するのを待っている間中、十数年来、曾てな・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ ――どうしたんだ。 ――傷をしたんだよ。 ――そりゃ分ってるさ。だがどうしてやったかと訊いてるんだ。 ――君たちが逃げてる間の出来事なんだ。 ――逃げた間とは。 ――避難したことさ。 ――その間にどうしてさ。・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・都て卑しき者を使うには我意に叶わぬことも少なからず、漫りに立腹することなく能く言教えて使う可し、与え恵む可き事あらば財を惜しむ可らず、但し私に偏して猥りに与う可らずと言う。都て非難の点なし。特に心の内には憐み外には行儀を固く訓えて使う可しの・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この一点において我輩が見る所を異にすると申すその次第は、敢えて論者の道徳論を非難するにはあらざれども、前後緩急の別について問う所のものなきを得ざるなり。 世界開闢の歴史を見るに、初めは独化の一人ありて、後に男女夫婦を生じたりという。我が・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・従って世間の評判も悪い、偶々賞美して呉れた者もあったけれど、おしなべて非難の声が多かった。併し、私が苦心をした結果、出来損ったという心持を呑み込んで、此処が失敗していると指摘した者はなく、また、此処は何の位まで成功したと見て呉れた者もなかっ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・狛君の別墅二楽亭広き水真砂のつらに見る庭のながめを曳て山も連なる 前の歌と同じ調子、同じ非難なり。〔『日本』明治三十二年四月二十二日〕酔人の水にうちいるる石つぶてかひなきわざに臂を張る哉 これ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・けれども、また亡くなった鷲の大臣が持っていた時は、大噴火があって大臣が鳥の避難のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打たれたり、まっかな熔岩に流されたりしても、いっこうきずも曇りもつかないでかえって前よりも美し・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・氏が、尾崎、榊山氏のルポルタージュに自己感傷の過度を批難しながら、林房雄氏のレトリックに触れないことは読者にとっては不思議のようである。「太陽のない街」を実例として、ルポルタージュと記録小説との、芸術化の時間的過程の相異を明らかにしようとし・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ 何と云う暗合内心に深く沈み込んだ私の批難が此処に現れ出ようとは。貴方に対する無言の厭悪が稚いこの遊戯の面に現れ出るとは!L、F、H、LFH、数えなおし、私は笑を失った。かりそめのたわむれとは云え何と云うこと・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
出典:青空文庫