・・・痩せぎすであったけれども顔は丸い方で、透き徹るほど白い皮膚に紅味をおんだ、誠に光沢の好い児であった。いつでも活々として元気がよく、その癖気は弱くて憎気の少しもない児であった。 勿論僕とは大の仲好しで、座敷を掃くと云っては僕の所をのぞく、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・草津の湯は、皮膚の爛れるように熱い湯であると聞いている。六畳の室には電燈が吊下っていて、下の火鉢に火が熾に起きている。鉄瓶には湯が煮え沸っていた。小さな机兼食卓の上には、鞄の中から、出された外国の小説と旅行案内と新聞が載っている。私は、此の・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・白粉の下に生気のない皮膚がたるんでいると、一眼にわかった。いきなり宿帳の「三十四歳」を想い出した。それより若くは見えなかった。 女はどうぞとこちらを向いて、宿の丹前の膝をかき合わせた。乾燥した窮屈な姿勢だった。座っていても、いやになるほ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・友子は白粉気もなくて蒼い皮膚を痛々しく見せていた。豹一は友子と結婚した。家の近くに二階借りして、友子と暮した。豹一は毎日就職口を探して歩き、やっとデパートの店員に雇われた。美貌を買われて、婦人呉服部の御用承り係に使われ、揉手をすることも教え・・・ 織田作之助 「雨」
・・・バルザックの逞しいあらくれの手を忘れ、こそこそと小河で手をみそいでばかりいて皮膚の弱くなる潔癖は、立小便すべからずの立札にも似て、百七十一も変名を持ったスタンダールなどが現れたら、気絶してしまうほどの弱い心臓を持ちながら、冷水摩擦で赤くした・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 日本人のようでない、皮膚の色が少し黒みがかった男が不熱心に道具を運んで来て、時どきじろじろと観客の方を見た。ぞんざいで、おもしろく思えなかった。それが済むと怪しげな名前の印度人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ある友人の腕の皮膚が不健康な皺を持っているのを、ある腕の太さ比べをしたとき私が指摘したことがありました。すると友人は「死んでやろうと思うときがときどきあるんだ」と激しく云いました。自分のどこかに醜いところが少しでもあれば我慢出来ないというの・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・卓あり、粗末なる椅子二個を備え、主と客とをまてり、玻璃製の水瓶とコップとは雪白なる被布の上に置かる。二郎は手早くコップに水を注ぎて一口に飲み干し、身を椅子に投ぐるや、貞二と叫びぬ。 声高く応してここに駆け来る男は、色黒く骨たくましき若者・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「礼ちゃんの被布ですよ、良い柄でしょう」 真蔵はそれには応えず、其処辺を見廻わしていたが、「も少し日射の好い部屋で縫ったら可さそうなものだな。そして火鉢もないじゃないか」「未だ手が凍結るほどでもありませんよ。それにこの節は御・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 彼女は、桜色の皮膚を持っていた。笑いかけると、左右の頬に、子供のような笑窪が出来た。彼女は悪い女ではなかった。だが、自分に出来ることをして金を取らねばならなかった。親も、弟も食うことに困っているのだ。子供を持っている姉は、夫に吸わせる・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫