・・・なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚から弾き戻されてしまうような心持がする。それを見ると、切角青山博士の詞を基礎にして築き上げた楼閣が、覚束なくぐらついて来るので、奥さんは又心配をし出すのであった。 ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・健康で余り安逸を貪ったことの無い花子の、いささかの脂肪をも貯えていない、薄い皮膚の底に、適度の労働によって好く発育した、緊張力のある筋肉が、額と腮の詰まった、短い顔、あらわに見えている頸、手袋をしない手と腕に躍動しているのが、ロダンには気に・・・ 森鴎外 「花子」
・・・それは総ゆる皮膚病の中で、最も頑強な痒さを与えて輪郭的に拡がる性質をもっていた。掻けば花弁を踏みにじったような汁が出た。乾けば素焼のように素朴な白色を現した。だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 元来肉体の老衰は、皮膚や筋肉がだんだん弾性を失って行くという著しい特徴によって、わりに人の目につきやすいようですが、精神の力の老衰は一般に繊細な注意を脱れているように見えます。しかしわが国では、文芸家や思想家の多くは、四十を越すか越さ・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫