・・・ここんところ少しひもじい目も堪えとけば、あとでよくなる。 皿洗女は、真面目なようなふざけたようなまたたきをして、首をふった。彼女は臨時雇いである。五十七ルーブリ貰っている。 ――本雇いにして貰えばいいのに。 ――事務所で室女中に・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・せめては、こんな気分でも、と、輸入映画のひもじい複製でなぐさめているのであろうか。 私たちが今日を生きている感情は非常に複雑である。混乱も幻滅も空腹は勿論、一時的な希望の喪失さえあるかもしれない。それをまぎらそうとする気分の追求の一つと・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・それらすべては青年から壮年へと送られた重吉の獄中の十二年が、彼の人間らしい瑞々しさにとって、どんなに乾いたものであり、胃袋と同じくいつもひもじいものであったかを知らした。しかも、重吉はそれらについては何とも自分から話さない。十月十日に府中刑・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 気ぜわしい、金属的な、何だかひもじいような声だ。むき出しな頭で片手にプログラムの束を抱えそうやって叫んでいる女もその他の通行人も馬車の上から見るとみんな宵のくちの濃い陰翳と不揃いなともしびの中にあって、一つ一つの目鼻だちは見分けられな・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫