・・・さて夏の中でもすぐれた美しい聖ヨハネ祭に、そのおばあさんが畑と牧場とを見わたしていますと、ひょっくり鳩が歌い始めました。声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ あそび仲間の詩人が、ひょっくりドアから首を出した。「おい、何か悪い事をしに行こうか。も少し後悔してみたい。」 振り向きもせず、「きょうは、いやだ。」「おや、おや。」詩人は部屋へはいって来た。「まさか、死ぬ気じゃないだろ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・若し、ほんものがこの百花楼へひょっくりやって来たら、と思うと、流石にぞっとするのであった。そんなときには、私のほうから、あいつは贋物だと言ってやろうか、とも考えた。少しずつ私は図太くなっていたらしいのである。不安と戦慄のなかのあの刺すような・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・私が女学校四年生の時の事でしたが、お正月にひょっくり、小学校の沢田先生が、家へ年賀においでになって、父も母も、めずらしがるやら、なつかしがるやら、とても喜んでおもてなし致しましたが、沢田先生は、もうとっくに、小学校のほうはお止しになって、い・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ ひょっくり木立のかげから、もうひとり、二重まわし着た小柄な男があらわれた。三木朝太郎である。「ばかなやつだ。もう来てやがる。」三木は酔っている様子である。「ほんとうに、やる気なのかね。」 助七は、答えず、煙草を捨て、外套を脱い・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・信州における自分というものが、東京の自分のほかにもう一つあって、それがこの一年の間眠っていて、それが今ひょっくり目をさましたのだというような気がするのであった。 このように、すべてのものが去年とそっくりそのままのようであるが、しばらく見・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ こんな空想にふけりながら自分は古来の日本画家の点呼をしているうちに、ひょっくり鳥羽僧正に逢着した。僧衣にたすき掛けの僧覚猷が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろうところの光景を想像してひとり・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それですっかり記憶してしまったが、それからは何かの拍子にこの妙な言葉が意外な時にひょっくり頭に浮んで来る。このような私の頭の状態もやはりこのイズムの一例かもしれない。 そう云えば近頃世上で大分もてはやされる色々の社会的の問題に関する弁論・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・ 同じ思想が、支那服を着ていてそうして栄養不良の漢学者に手を引かれてよぼよぼ出て来たのではどうしても理解が出来なかったのに、それが背広にオーバー姿で電車の中でひょっくり隣合ってドイツ語で話しかけられたばかりに一遍に友達になってしまったよ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・数日後に電車でひょっくりその学者に会って「君はアメリカに行っているはずじゃないですか」と聞いたら、そうではなくて、ただ論文を送っただけで、それをだれかが代読したのだそうである。題目は朝鮮の河川の流域変更に関するものだそうである。なるほど、新・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫