・・・ まず、試みよ。ひょっとしたらどこかの人生の片すみに、そんなすごい美人がころがっているかも知れない。眼鏡の奥のかれの眼は、にわかにキョロキョロいやらしく動きはじめる。 ダンス・ホール。喫茶店。待合。いない、いない。醜くてすごいものば・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・小説家としての私の愚見も、あるいは、ひょっとしたら、ひとりの勇敢な映画人に依って支持せられるというような奇蹟が無いものでもあるまい。もし、そのような奇蹟が起ったならば、これもまた御奉公の一つだと思われる。どんな小さい機会でも、粗末にしてはな・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・ なるほど、と私は首肯し、その苦しさを持てあまして、僕のところへ、こうしてやって来るのかね、ひょっとしたら太宰も案外いいこと言うかも知れん、いや、やっぱり、あいつはだめかな? などとそんな気持で、ふらふらここへ来るのかね、もし、そうだっ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・けれども観衆の大半は、ひょっとしたら、やっぱり侘びしい人たちばかりなのではあるまいか。日劇を、ぐるりと取り巻いている入場者の長蛇の列を見ると、私は、ひどく重い気持になるのである。「映画でも見ようか。」この言葉には、やはり無気力な、敗者の溜息・・・ 太宰治 「弱者の糧」
「純真」なんて概念は、ひょっとしたら、アメリカ生活あたりにそのお手本があったのかも知れない。たとえば、何々学院の何々女史とでもいったような者が「子供の純真性は尊い」などと甚だあいまい模糊たる事を憂い顔で言って歎息して、それを・・・ 太宰治 「純真」
・・・僕は、それを揶揄、侮辱の言葉と思わなかったばかりか、ひょっとしたら僕はもう、流行作家なのかも知れないと考え直してみたりなどしたのだから、話にならない。みじめなものである。僕は酔った。惣兵衛氏を相手に大いに酔った。もっとも、酔っぱらったのは僕・・・ 太宰治 「水仙」
・・・すると、或いは故郷の人も、辻馬の末弟、噂に聞いていたよりは、ちゃんとしているでは無いかと、ひょっとしたら、そう思ってくれるかもわからない。出よう。やっぱり、袴をはいて出よう。そうして皆に、はきはきした口調で挨拶して、末席につつましく控えてい・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・これは、ひょっとしたら、馬場と私との交際は、はじめっから旦那と家来の関係にすぎず、徹頭徹尾、私がへえへえ牛耳られていたという話に終るだけのことのような気もする。 ああ、どうやらこれは語るに落ちたようだ。つまりそのころの私は、さきにも鳥渡・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・という雑誌の片隅に、私がこのまずしい手記を載せてもらおうと思い立ったのも、そのひとが仙台市か或いはその近くの土地に住んでいるように思われて、ひょっとしたら、私のこの手記がそのひとの眼にふれる事がありはせぬか、またはそのひとの眼にふれずとも、・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・男性的だ。ひょっとしたら、鉄面皮というのは、男の美徳なのかも知れない。とにかく、この文字には、いやらしい感じがない。この頑丈の鉄仮面をかぶり、ふくみ声で所謂創作の苦心談をはじめたならば、案外荘重な響きも出て来て、そんなに嘲笑されずにすむかも・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫