・・・これはひょっとしたら、単純な結膜炎では無く、悪質の黴菌にでも犯されて、もはや手おくれになってしまっているのではあるまいかとさえ思われ、別の医者にも診察してもらったが、やはり結膜炎という事で、全快までには相当永くかかるが、絶望では無いと言う。・・・ 太宰治 「薄明」
・・・信仰とやらも少し薄らいでまいったのでございましょうか、あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業ではなかったろうかと、なんだかそんな疑いを持つこともございます。学校のおつとめからお帰りになって、隣りのお部屋で、私たちの話を立聞きして、ふびんに思い・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられ・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・これは、ならぬ。これは、ひょっとしたら、断頭台への一本道なのではあるまいか。こうして、じりじり進んでいって、いるうちに、いつとはなしに自滅する酸鼻の谷なのではあるまいか。ああ、声あげて叫ぼうか。けれども、むざんのことには、笠井さん、あまりの・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・そんな、いやな言葉を耳元に囁かれたような気がして、わくわくしてまいりました。ひょっとしたら、この吹出物も――と考え、一時に総毛立つ思いで、あの人の優しさ、自信の無さも、そんなところから起って来ているのではないのかしら、まさか。私は、そのとき・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・なぜとならば、それはひょっとしたらどこまでも広がるかもしれないという恐れがあるからである。そうしてこの一つの「善い事」のために他にあらゆる「善い事」がたたき折られ踏みつぶされる心配があるからである。いくら折られつぶされても決して絶滅する恐れ・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・「ひょっとしたら私の病気にでもきくというのでだれかが送ってくれたのじゃないかしら、煎じてでも飲めというのじゃないかしら」こんな事も考えてみたりした。長い頑固な病気を持てあましている堅吉は、自分の身辺に起こるあらゆる出来事を知らず知らず自・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・あるいは筋肉感に関する楽音のようなものではあるまいか。音自身よりはむしろ音から連想する触感に一種の快を経験するのではあるまいか。それともまたもっと純粋に心理的な理由によるものだろうか。あるいはひょっとしたらわれわれの祖先の類人猿時代のある感・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・「ひょっとしたら、これでミーチャは私に愛想をつかしたんじゃないだろうか? おがんでいるのを見たんじゃないだろうか。ああナースチャ! 私、どうしていいかわからないよ!」 そこへ、酔ったボルティーコフがよろけこんで騒動をおっぱじめたので・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 若しかひょっとしたら病気なんじゃあないの?B そうねえ。Bは何か思い出すらしく考えて居る。やがて思いついたらしく、膝を叩いて嬉しそうに笑いながら、B Cちゃん、私共はまあ、馬鹿な心配をしちゃったわ。 ほら、・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
出典:青空文庫