・・・自分はひったくるようにその手紙を取って、すぐ五、六寸破いて櫛をふこうとして見ると、細かい女の字で白紙の闇をたどるといったように、細長くひょろひょろとなにか書いてあるのに気がついた。自分はちょっと一、二行読んでみる気になった。しかしこのひょろ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・十月にはもう臥せってはおりませんでしたけれども、何しろひょろひょろするので講演はちょっとむずかしかったのです。しかしお約束を忘れてはならないのですから、腹の中では、今に何か云って来られるだろう来られるだろうと思って、内々は怖がっていました。・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・と云いながら、四方八方から、飛びかかりましたが、何分とのさまがえるは三十がえる力あるのですし、くさりかたびらは着ていますし、それにあまがえるはみんな舶来ウェスキーでひょろひょろしてますから、片っぱしからストンストンと投げつけられました。おし・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ そのうち音はもっとはっきりして来たのだ。ひょろひょろした笛の音も入っていたし、大喇叭のどなり声もきこえた。ぼくにはみんなわかって来たのだよ。『ネリ、もう少しだよ、しっかり僕につかまっておいで。』 ネリはだまってきれで包んだ小さ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・あんな大学生とでも引け目なしにぱりぱり談した。そのおれの力を感じていたのかも知れない。それにおれには鉱夫どもにさえ馬鹿にはされない肩や腕の力がある。あんなひょろひょろした若造にくらべては何と云ってもおみちにはおれのほうが勝ち目がある。(・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・俺は鰯のようなひょろひょろの魚やめだかの様なめくらの魚はみんなパクパク呑んでしまうんだ。それから一番痛快なのはまっすぐに行ってぐるっと円を描いてまっすぐにかえる位ゆっくりカーブを切るときだ。まるでからだの油がねとねとするぞ。さて、お前は天か・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・「いのししむしゃのかぶとむしつきのあかりもつめくさのともすあかりも眼に入らずめくらめっぽに飛んで来て山猫馬丁につきあたりあわててひょろひょろ落ちるをやっとふみとまりいそいでかぶとをしめなおし月のあかり・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・誰からも忘れられていたような空地も、その花も咲かないひょろひょろした花壇を貰って嬉しがっているようであった。 ところが二日ばかりすると、雨の日になった。きつい雨で、見ていると大事な空地の花壇の青紫蘇がぴしぴし雨脚に打たれて撓う。そればか・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・エイゼンシュテインのことだから、ほんとに、老いぼけてひょろひょろな坊主見つけて来たんだって。いざ、高いところからころがる段になって、骨があぶないってわけさ。本物ではね。エイゼンシュテインが、直ぐ坊主の装をして、俺が落っこちてやるって、簡単に・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 青くひょろひょろになって肺病なんかんなったって、 私は見舞になんか行かれないんだ。と云う。 私は、ポロポロ涙をこぼしてきいて居なければならない。 母がそう云うのも、父が云う事も、心配してくれるのだと云う事は分りきっ・・・ 宮本百合子 「熱」
出典:青空文庫