・・・ と馬鹿調子のどら声を放す。 ひょろ長い美少年が、「おうい。」 と途轍もない奇声を揚げた。 同時に、うしろ向きの赤い袖が飜って、頭目は掌を口に当てた、声を圧えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・黒い帯の小柄な男が白い帯のひょろ長い男を何度も投げ飛ばした。そのたびドスンドスンと音がした。あんな身体になれば良いと佐伯は羨ましく眺め、心に灯をともしながらバスが迂回するのを待った。 帰りもバスだった。柔術指南所はもう寝しずまっていた。・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男が出て来ました。王子は、「おや、へんなやつが来たぞ。」と思いながらそばへいって、「もしもし、おまえさんはどこまでいくのです・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・廻転ドアにわれとわが身を音たかく叩きつけ、一直線に旅立ったときのひょろ長い後姿には、笑ってすまされないものがございました。四日目の朝、しょんぼり、びしょ濡れになって、社へ帰ってまいりました。やられたのです。かれの言いぶんに拠れば、字義どおり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・現実は、この古ぼけた奇態な、柄のひょろ長い雨傘一本。自分が、みじめで可哀想。マッチ売りの娘さん。どれ、草でも、むしって行きましょう。 出がけに、うちの門のまえの草を、少しむしって、お母さんへの勤労奉仕。きょうは何かいいことがあるかも知れ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・五尺七寸ほどの、痩せてひょろ長い大学生であった。「セルのお羽織なら、かえって少し短かめのほうが。」「粋か。いくらだ。」 羽織を買った。これで全部、身仕度は出来た。数時間のち、須々木乙彦は、内幸町、帝国ホテルのまえに立っていた。鼠・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・見ても病身らしい、背のひょろ長い、そしてからだのわりに頭の小さい、いつも前かがみになって歩く男であった。無口で始終何かぼんやり考え込んでいるようなふうで、他の一般に快活な連中からはあまり歓迎されぬほうであった。しかしごく気の小さ・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・小さい新聞紙の包を大事そうにかかえて電車を下りると立止って何かまごまごしていたが、薄汚い襟巻で丁寧に頸から顋を包んでしまうと歩き出した。ひょろ長い支那人のような後姿を辻に立った巡査が肩章を聳かして寒そうに見送った。 竹村君は明けると三十・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
出典:青空文庫