一 ……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯をすませた後、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。 僕等のいるのは何もない庭へ葭簾の日除けを差しかけた六畳二間の離れだった。庭には何もな・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・やはり毛生欅の並み木のかげにいろいろの店が日除けを並べ、そのまた並み木にはさまれた道を自動車が何台も走っているのです。 やがて僕を載せた担架は細い横町を曲ったと思うと、ある家の中へかつぎこまれました。それは後に知ったところによれば、あの・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・それへまたどの家も同じようにカアキイ色の日除けを張り出していた。「君が死ぬとは思わなかった。」 Sは扇を使いながら、こう僕に話しかけた。一応は気の毒に思っていても、その気もちを露骨に表わすことは嫌っているらしい話しぶりだった。「・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・それから巻いてある日除けだった。それから麦酒樽の天水桶の上に乾し忘れたままの爪革だった。それから、往来の水たまりだった。それから、――あとは何だったにせよ、どこにも犬の影は見なかった。その代りに十二三の乞食が一人、二階の窓を見上げながら、寒・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 松の梢と日除けがあって、月は令子の部屋へさし込まなかった。雲も出た。畳へ横わって待って居ると、雲を出た月は輝きを放つ間もなく流れて来る雲に憂鬱に埋められた。海はここの下で入江になって居て、巖壁に穿たれた夥しい生簀の水に、淡い月の光と大・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・―― 大船へ二十何町かあると同じくらい海岸からも引込んでいるから、私どもの生活は、八月の海辺風物――碧い海、やける砂、その上に拡げられた大きな縞帆のような日除け傘、濃い影を落して群れる派手なベイジング・スウトの人々などという色彩の濃い雰・・・ 宮本百合子 「この夏」
長さ三尺に高さ二尺六七寸の窓がある。そこには外から室内は見えるが、内部から廊下の方はよく見ることの出来ないような角度で日除け板簾のような具合に板がこまかく張られている。一通の手紙がその板のすき間から投げこまれ、下に畳み重ね・・・ 宮本百合子 「写真」
・・・ダーリヤが窓のそばへ歩きよる毎に、日除けの下に赤いエナメルの煙草屋の商牌が下っているのが見えた。タバコ。コバタ。バタコ。――それは色々に読むことが出来た。―― 三時過て、レオニード・グレゴリウィッチは勤め先から帰って来た。先ず帽子を脱ぎ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ そこから、次の用件で芝の方へ行ったら、増上寺前のプールの外の日除けの下に少年少女の密集があった。超満員のプールがあいて自分たちの番の来るのを待っている子供たちである。 市民の生活に列をつくるならわしが出来たことは、何といっても日本・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫