・・・赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行ったが、その包装紙の意匠も名に相応しい俗悪なものであった。轡の紋章に天狗の絵もあったように思う。その俗衆趣味は、ややもすればウェルテリズムの阿片に酔う危険のあったその頃のわれわれ青年・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 呉服の地質の種類や品位については全く無知識な自分も、染織の色彩や図案に対しては多少の興味がある。それで注意して見ると、近ごろ特に欧州大戦が始まって後に、三越などで見かける染物の色彩が妙に変わって来たような気がする。ある人は近ごろはこん・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・芸と品位とで、この廓は昔しから町の旦那衆の遊び場所になっていたが、近ごろはかえって競争相手ではなかった西の方の廓の方でも、負けを取らないくらいに、師匠の選択を注意していた。町の文化が東から西へ移ってゆく自然の成行きから、西の方のすばらしい発・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・その時余の受けた感じは、品位のある紳士らしい男――文学者でもない、新聞社員でもない、また政客でも軍人でもない、あらゆる職業以外に厳然として存在する一種品位のある紳士から受くる社交的の快味であった。そうして、この品位は単に門地階級から生ずる貴・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・大いに価値を損ずるごとく、いかに内容が良くても、言い方、取扱い方、書き方が、読者を釣ってやろうとか、挑撥してやろうとかすべて故意の趣があれば、その故意とらしいところ不自然なところはすなわち芸術としての品位に関って来るのです。こういう欠点を芸・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・これだけにできていなければ、いくら技巧があっても、書いたものに品位がない。ないはずである。こう書いたら笑われるだろう、ああ云ったら叱られるだろうと、びくびくして筆を執るから、あの男は腹の中がかたまっておらん、理想が生煮だ、という弱点が書物の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・つまり人格から出た品位を保っている本統の紳士もありましょうが、人格というものを度外に置いて、ただマナーだけを以て紳士だとして立派に通用している人の方が多いでしょう。まあ八割位はそうだろうと思います。それで文展の絵を見てどっちの方の紳士が多い・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗てその品位を増す者あり、或は戸障子等を作て本職・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・即ち女子の品位を維持するの道にして、大丈夫も之に接して遜る所なきを得ず。世間に所謂女学生徒などが、自から浅学寡聞を忘れて、差出がましく口を開いて人に笑わるゝが如きは、我輩の取らざる所なり。一 既に優美を貴ぶと言えば、遊芸は自から女子社会・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・古風なものの考えかたでは、頭脳の労作と筋肉的労作との間に、人間品位の差があるようにあつかわれた。社会のための活動の、それぞれちがった部門・専門、持ち場というふうには感じられていなかった。その古風さに、近代の出版企業が絡んだ。出版企業は、作家・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫