・・・一頁をいくつにも区切って、新聞の絵の一コマの狭さのものがそのまま、ただびっしり詰められてあるきりで、ゆったりと心持ちよい線で描き出されたフクチャンを子供らに見せてやろうという愛の配慮やユーモアはないのである。 児童のための良書ということ・・・ 宮本百合子 「“子供の本”について」
・・・見上げるセント・ポールの正面の大石段の日向には上から下まで、失業した男たちがびっしりつまって、或るものは腰かけ或るものは横になり、あたりに散っている新聞の切れはしと一緒になって、それはまるで巨大な生活の屑山のような有様である。 公園の草・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 焼けなかった頃の動坂は、こまかい店のびっしりとつまったひろい石じき道の坂であった。 その、もう一つ前の動坂は、私たち本郷辺の子供らになじみのふかい動坂で、坂の幅はもっともっとせまく、舗装もしてない急な坂だった。動坂を下りて、ずっと・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・私はそれに赤や紺や紫や、買い集められただけの色インクで、びっしりと書取りをして行った。大判の頁、一枚ときめ、椽側で日向ぼっこをしながらちょうど時候にすればいま時分、とつとつと書きつめるのである。 一枚、一枚を使うインクの色をちがえ、バラ・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・人気があるのは、 ┌─────┐ │自由思想家│ └─────┘ 台をかこんでびっしり帽子のあるのや無いのがきいている。しゃべっている山羊髯は痩て蒼いが底艷のあるようなほっぺたに一種のにやにや笑いを浮べ、ゆ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 丁度駒込一帯の高台の端に建って居る、四間の家は、長屋のびっしり詰った谷一つを越して、桜や松の植込みが見える曙町の高台に面して居た。 夜に成ると、山門と、静かな鐘楼の間から松の葉越しに、まるで芝居の書割のように大きな銀色の月が見える・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・あれほど一字一句の使い方、置き方に気を配った歌、あれほど浮いたところのない、中味のびっしりとつまった歌、またあれほど濃かいニュアンスを出した歌が、技巧に熟達せずに作れるものではない。しかし先生の歌は、その巧みさを少しも感じさせないほど巧みな・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫