・・・しおむきもぴくぴく動いていた。「車は?」自分は小声にほかのことを云った。「車? 車はもう来ています」伯母はなぜか他人のように、叮嚀な言葉を使っていた。そこへ着物を更めた妻も羽根布団やバスケットを運んで来た。「では行って参ります」妻は自分の前・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・お敏は次第に眼が据って、手足をぴくぴく引き攣らせると、もうあの婆が口忙しく畳みかける問に応じて、息もつかずに、秘密の答を饒舌り続けると云う事です。ですからその晩もお島婆さんは、こう云う手順を違えずに、神を祈下そうとしましたが、お敏は泰さんと・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・この丸で動かないように見えている全体が、引き吊るように、ぶるぶると顫え、ぴくぴくと引き附けているのである。その運動は目に見えない位に微細である。しかし革紐が緊しく張っているのと、痙攣のように体が顫うのとを見れば、非常な努力をしているのが知れ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 上村君なんかは最初、馬鈴薯党で後に牛肉党に変節したのだ、即ち薄志弱行だ、要するに諸君は詩人だ、詩人の堕落したのだ、だから無暗と鼻をぴくぴくさして牛の焦る臭を嗅いで行く、その醜体ったらない!」「オイオイ、他人を悪口する前に先ず自家の所信・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・唇がぴくぴくして、いかにもうれしいのを、無理にまじめになって歩きまわっていたらしかったんだ。 そして落ちたざくろを一つ拾って噛ったろう、さあ僕はおかしくて笑ったね、そこで僕は、屋敷の塀に沿って一寸戻ったんだ。それから俄かに叫んで大工の頭・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ところがその人は別に怒ったでもなく、頬をぴくぴくしながら返事しました。「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」「何鳥ですか。」「鶴や雁です。さぎも白鳥もです。」「鶴はたくさんいますか。」「居ます・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、いたちにはお礼も言わずに、いっさんにそっちへ走って行きました。ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。そして、「止まれ、だれかっ。」と言う小さな鋭い声がします。・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
出典:青空文庫