・・・ ただにこれを一掃するのみならず、順良の極度より詭激の極度に移るその有様は、かの仏蘭西北部の人が葡萄酒に酔い、菓子屋の丁稚が甘に耽るが如く、底止するところを知らざるにいたるべし。人を順良にせんとするの方便は、たまたまこれを詭激に導くの助・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・試みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・もう秋の末で薄寒い頃に袷に襦袢で震えて居るのに、どうしたかいくら口をかけてもお前は来てくれず、夜はしみじみと更ける寒さは増す、独りグイ飲みのやけ酒という気味で、もう帰ろうと思ってるとお前が丁度やって来たから狸寝入でそこにころがって居ると、オ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 勿論、其にふける事は恐ろしい。其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ。 人が、陥り易い多くの盲目と、忘我とを地獄の門として居る為に、性慾が如何に恐るべき謹むべきものであるかと云うことは・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・有のままをいえば、遠く過ぎ去った小学校時代を屡々追想して、その愛らしい思い出に耽るには、今の自分は、一方からいえば余り大人になり過ぎ、一方からいえば、又、余りに若過ぎる時代にある。丁度、女学校の二三年頃、理由もなく幼年時代をいつくしむような・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 仕立て上げて手も通さずにある赤い着物を見るにつけ桃色の小夜着を見るにつけて歎く姉の心をせめて万が一なりと知って呉れたら切ない思い出にふける時のまぼろしになり夢になり只一言でも私のこの沈み勝な心を軽く優しくあの手(さな手で撫でても呉れる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□(錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一分にあがってしまった。 台所では二つの氷嚢に入れる氷をかく音が妙に淋しく響き主夫婦は、額をつき合わせ・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・宗派的に少数でかたまりきって、英雄主義に耽ることではない。ベズィメンスキーは「射撃」の中で、この大切な階級的心理の洞察をおとしているのであった。 それ等の点について大衆とラップの内部から批判がおこったとき、ベズィメンスキーは云った。「自・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・夜が更けるにつれ益々すべっこくなった。モスクワ大学横の暗い坂をタクシーが一台登ろうとしては辷って逆行していた――が、読者よ、そんなにおそくまで平気で子供をほったらかし無数のソヴェトの母親がクフミンストル・クラブのの広間で、芝居に熱中してると・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
出典:青空文庫