・・・三重子はさんざんにふざけた揚句、フット・ボオルと称しながら、枕を天井へ蹴上げたりした。…… 腕時計は二時十五分である。中村はため息を洩らしながら、爬虫類の標本室へ引返した。が、三重子はどこにも見えない。彼は何か気軽になり、目の前の大蜥蜴・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・の女中とふざけながら、章魚を肴に酒を飲んでいた。それは勿論彼女の目にはちらりと見えたばかりだった。が、彼女はこの男を、――この無精髭を伸ばした男を軽蔑しない訣には行かなかった。同時にまた自然と彼の自由を羨まない訣にも行かなかった。この「食堂・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・荒物屋を兼ねた居酒屋らしい一軒から食物の香と男女のふざけ返った濁声がもれる外には、真直な家並は廃村のように寒さの前にちぢこまって、電信柱だけが、けうとい唸りを立てていた。彼れと馬と妻とは前の通りに押黙って歩いた。歩いては時折り思い出したよう・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・何んだかふざけているのではなく、本気の本気らしくなって来た。しまいには眼を白くしたり黒くしたりして、げえげえと吐きはじめた。 僕は気味が悪くなって来た。八っちゃんが急に怖わい病気になったんだと思い出した。僕は大きな声で、「婆や……婆・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ウヌ生ふざけて……親不孝ものめが、この上にも親の面に泥を塗るつもりか、ウヌよくも……」 おとよは泣き伏す。父はこらえかねた憤怒の眼を光らしいきなり立ち上がった。母もあわてて立ってそれにすがりつく。「お千代やお千代や……早くきてくれ」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ ほかにも芸者のはいりに来ているのは多いが、いつも目に立つのはこの女がこの男と相対してふざけたり、笑ったりしていたことである。はじめはこの男をひいきのお客ぐらいにしか僕は思っていなかったが、石鹸事件を知ったので、これは僕の恋がたきだと思・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 握手が失敬になり、印度人の悪ふざけはますます性がわるくなった。見物はそのたびに笑った。そして手品がはじまった。 紐があったのは、切ってもつながっているという手品。金属の瓶があったのは、いくらでも水が出るという手品。――ごく詰まらな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・川村の組は勝手にふざけ散らして先へ行く、大友とお正は相並んで静かに歩む、夜は冷々として既に膚寒く覚ゆる程の季節ゆえ、渓流に沿う町はひっそりとして客らしき者の影さえ見えず、月は冴えに冴えて岩に激する流れは雪のようである。 大友とお正は何時・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ するとがやがやと男女打雑じって、ふざけながら上って来るものがある。「淋しいじゃ有りませぬか、帰りましょうよ。最早こんな処つまりませんわ」という女の声は確かにお光。自分はぎょっとして起あがろうとしたが、直ぐ其処に近づいて来たのでその・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・さればまことに弥次郎兵衛の一本立の旅行にて、二本の足をうごかし、三本たらぬ智恵の毛を見聞を広くなすことの功徳にて補わむとする、ふざけたことなり。 十二日午前、田中某に一宴を餞せらるるまま、うごきもえせず飲み耽り、ひるいい終わりてたちいで・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫