・・・それは、ポーラとの結婚を祝する座員ばかりの水入らずの宴会の席で、ポーラがふざけて雌鶏のまねをして寄り添うので上きげんの教授もつり込まれて柄にない隠し芸のコケコーコーを鳴いてのける。その有頂天の場面が前にあるので、後に故郷の旧知の観客の前で無・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけている傍らに、余は眉を攅め手をかざしてこの高窓を見上げて佇ずむ。格子を洩れて古代の色硝子に微かなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕が開いて空想の舞台がありありと見える。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ところが耕一は昨日からまだ怒っていましたしそれにいまの返事が大へんしゃくにさわりましたので「北極は寒いかね。」とふざけたように云ったのです。さあすると今度は又三郎がすっかり怒ってしまいました。「何だい、お前は僕をばかにしようと思って・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・とを。」と蜘蛛はただ一息に、かげろうを食い殺してしまいました。そしてしばらくそらを向いて、腹をこすってからちょっと眼をぱちぱちさせて「小しゃくなことを言うまいぞ。」とふざけたように歌いながら又糸をはきました。 網は三まわり大きくなっ・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ タネリの小屋が、兎ぐらいに見えるころ、タネリはやっと走るのをやめて、ふざけたように、口を大きくあきながら、頭をがたがたふりました。それから思い出したように、あの藤蔓を、また五六ぺんにちゃにちゃ噛みました。その足もとに、去年の枯れた萱の・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・健康な、子供とふざけて芝生にころがり廻る幸福な飼犬と云うよりは、寧ろ、主人の永い留守、荒れ生垣の穴から、腰を落して這入る憐れな生物と云う方が適当であったらしい。 犬殺しが来た。荷車を引いて、棍棒を持って犬殺しが来た、と、私共同胞三人は、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・佐和子はふざけて言った。「お父様、毛皮の外套なんか召すからこの犬、同類だと思うのよ」と、その間にも、父は時々、「シッ! シッ!」と言ったり、砂を抓んで投げつける振りをしたりする。何か本気で不安を感じているらしいのが佐和子に分った・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ 皿洗女は、真面目なようなふざけたようなまたたきをして、首をふった。彼女は臨時雇いである。五十七ルーブリ貰っている。 ――本雇いにして貰えばいいのに。 ――事務所で室女中にしてくれるかもしれないって云ってたが、どうなるか。 ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・それからふざけながら町を歩いて帰ると、元日には寝ていて、午まで起きはしません。町でも家は大抵戸を締めて、ひっそりしています。まあ、クリスマスにお祭らしい事はしてしまって、新年の方はお留守になっているようなわけです」と云う。「でもお上のお儀式・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 三間打ち抜いて、ぎっしり客を詰め込んだ宴会も、存外静かに済んで、農商務大臣、大学総長、理科大学長なんぞが席を起たれた跡は、方々に群をなして女中達とふざけていた人々も、一人帰り二人帰って、いつの間にか広間がひっそりして来た。 もう十・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫