・・・ 十六七の、瓜実顔の色の白いのが、おさげとかいう、うしろへさげ髪にした濃い艶のある房りした、その黒髪の鬢が、わざとならずふっくりして、優しい眉の、目の涼しい、引しめた唇の、やや寂しいのが品がよく、鼻筋が忘れたように隆い。 縞目は、よ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 階下で添乳をしていたらしい、色はくすんだが艶のある、藍と紺、縦縞の南部の袷、黒繻子の襟のなり、ふっくりとした乳房の線、幅細く寛いで、昼夜帯の暗いのに、緩く纏うた、縮緬の扱帯に蒼味のかかったは、月の影のさしたよう。 燈火に対して、瞳・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・が、その年増を――おばさん、と呼ぶでございましゅ、二十四五の、ふっくりした別嬪の娘――ちくと、そのおばさん、が、おばしアん、と云うか、と聞こえる……清い、甘い、情のある、その声が堪らんでしゅ。」「はて、異な声の。」「おららが真似るよ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 退屈まぎれに見ておりました旅行案内を、もとへ突込んで、革鞄の口をかしりと啣えさせました時、フト柔かな、滑かな、ふっくりと美しいものを、きしりと縊って、引緊めたと思う手応がありました。 真白な薄の穂か、窓へ散込んだ錦葉の一葉、散際の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・いま一樹の手に、ふっくりと、且つ健かに育っている。 不思議に、一人だけ生命を助かった女が、震災の、あの劫火に追われ追われ、縁あって、玄庵というのに助けられた。その妾であるか、娘分であるかはどうでもいい。老人だから、楽屋で急病が起っ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 気候は、と言うと、ほかほかが通り越した、これで赫と日が当ると、日中は早じりじりと来そうな頃が、近山曇りに薄りと雲が懸って、真綿を日光に干すような、ふっくりと軽い暖かさ。午頃の蔭もささぬ柳の葉に、ふわふわと柔い風が懸る。……その柳の下を・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――どうかして、座敷へ飛込んで戸惑いするのを掴えると、掌で暴れるから、このくらい、しみじみと雀の顔を見た事はない。ふっくりとも、ほっかりとも、細い毛へ一つずつ日光を吸込んで、おお、お前さんは飴で出来ているのではないかい、と言いたいほど、とろ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 柳はほんのりと萌え、花はふっくりと莟んだ、昨日今日、緑、紅、霞の紫、春のまさに闌ならんとする気を籠めて、色の濃く、力の強いほど、五月雨か何ぞのような雨の灰汁に包まれては、景色も人も、神田川の小舟さえ、皆黒い中に、紅梅とも、緋桃とも言う・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・真うつむけに背ののめった手が腕のつけもとまで、露呈に白く捻上げられて、半身の光沢のある真綿をただ、ふっくりと踵まで畳に裂いて、二条引伸ばしたようにされている。――ずり落ちた帯の結目を、みしと踏んで、片膝を胴腹へむずと乗掛って、忘八の紳士が、・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・この水面に、もし、ふっくりとした浪が二ツ処立ったら、それがすぐに美人の乳房に見えましょう。宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白な胸に当るんですね、裳は裾野をかけて、うつくしく雪に捌けましょう。―― 椿が一輪、冷くて、燃え・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
出典:青空文庫