・・・今まではなるべくなら避けたく思った統計的不定の渾沌の闇の中に、統計的にのみ再現的な事実と方則とを求めるように余儀なくされたのである。しかもそういう場合の問題の解析に必要な利器はまだきわめて不備であって、まさにこれから始めて製造に取りかかるべ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・無常迅速、流転してやまざる環境に支配された人生の不定感は一方では外来の仏教思想に豊かな沃土を供給し、また一方では俳諧のさびしおりを発育させたのであろう。 私のこのはなはだ不完全に概括的な、不透明に命題的な世迷い言を追跡する代わりに、読者・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・それで政治家、軍人、実業家、ファシスト、マルキシスト、テロリスト、いずれもこんな不定な未来の事は問題にしていない。それを問題にするのはただ一部の科学者と、それから古風な宗教の信者とだけである。いちばん仲の悪いはずの科学者と信者とがここだけで・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・すなわち忠であり孝であり貞であると共に、不忠でもあり不孝でも不貞でもあると云う事であります。こう言葉に現わして云うと何だか非常に悪くなりますが、いかに至徳の人でもどこかしらに悪いところがあるように、人も解釈し自分でも認めつつあるのは疑もない・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 留置場へ降りがけ、教習室をとおりぬけたら正面の黒板に、 不逞鮮人取締 憲兵隊との連携と大書してある。 いよいよメーデーだ。警察じゅう一種物々しい緊張に満ちている。非番巡査まで非常召集され顎紐をかけ脚絆をつけた連・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ところで、魚住は妻の不貞に苦しみながら、一方では不良少年らの統御するにむずかしい性格によって引きおこされる事件、脱走だの集団的反抗だのととり組み、更に他の一方では、守屋が不貞をされている良人としての軽蔑をも示しつつ彼の教師という地位を危うく・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・ 東西を連山で囲まれた湖畔は、非常に天候が不定でございます。今のように朗らかに晴れ渡った空も、決して夜の快晴の予言ではございません。山並の彼方から、憤りのようにムラムラと湧いた雲が、性急な馳足で鈍重な湖面を圧包むと、もう私共は真個に暗紅・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・安樹兄、福井市にゆき始めて東京大震災 不逞鮮人暴挙の号外を見つけ驚きかえる。自分等葡萄棚の涼台で、その号外を見、話をきき、三越、丸の内の諸ビルディング 大学 宮城がみなやけた戒厳令をしいたときく。ぞっとし、さむけがし、ぼんやりした。が全部信・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ ほかならない結婚を記念する晩に、わざわざ自分の妻に不貞な妻としての役割をさせ、自分をも不貞な良人と仮定した位置において食事を一緒にする好みとは、何ということなのであろう。女中がけろりとしていたとか何とか、罪のない眼附を良人の顔の上・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 画かきや作家等は一ヵ月の収入が不定だから、毎月の収入を届け出て、それに依って毎月家賃でも凡ての生活費の支弁率が変って来る。例えば作家クラブ等では、団体に属している作家は半額で食堂の食事が食べられる、五ルーブルの食事が二ルーブル半で出来・・・ 宮本百合子 「露西亜の実生活」
出典:青空文庫