・・・その目にはまた前にあった、不敵な赫きも宿っている。「それは打ち果さずには置かれませぬ。三右衛門は御家来ではございまする。とは云えまた侍でもございまする。数馬を気の毒に思いましても、狼藉者は気の毒には思いませぬ。」・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ ~~~~~~~~~~~~~~~~~ とにもかくにも、明治四十年代以後の詩は、明治四十年代以後の言葉で書かれねばならぬということは、詩語としての適不適、表白の便不便の問題ではなくて、新らしい詩の精神、すなわち時代の精神の必要で・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・前の晩自宅で血統や調教タイムを綿密に調べ、出遅れや落馬癖の有無、騎手の上手下手、距離の適不適まで勘定に入れて、これならば絶対確実だと出馬表に赤鉛筆で印をつけて来たものも、場内を乱れ飛ぶニュースを耳にすると、途端に惑わされて印もつけて来なかっ・・・ 織田作之助 「競馬」
豪放かつ不逞な棋風と、不死身にしてかつあくまで不敵な面だましいを日頃もっていた神田八段であったが、こんどの名人位挑戦試合では、折柄大患後の衰弱はげしく、紙のように蒼白な顔色で、薬瓶を携えて盤にのぞむといった状態では、すでに・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・男みたいに不敵に笑った。「あなたがたのお家じゃないんですね。それじゃ、畑をお売りになっちゃったというわけですね。」「ええ、そういうわけです。売っちまったというわけですよ。」「この辺は、坪いくらしましょう。相当いい値でしょうね。」・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ドアをぴたとしめて、青年の顔をちらと見て、不敵に笑い、「うまい! 落ちついていやがる。あいつは、まだまだ、大物になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな。」「あなたは、毎日、見に来ているの?」「そうさ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越えて敵の大軍中に跳び降りた。 丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲しく憂鬱な姿をしながら、地面に趺坐して閑雅な支那の賭博をしていた。しがない日傭人の兵隊たちは、戦争よりも飢餓を恐れて、獣の・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ だが、あの不敵な少年は、全で解らなかった。(あいつは、二つのメリケン袋の中に足を突っ込んでいた。輪になった帯の間から根性に似合わない優しい顔が眠っていた。何を考えているんだか、あの眼の光は俺には解らなかった。旦那衆のように冷たくは・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・婚姻はもとより当人の意に従て適不適もあり、また後日生計の見込もなき者と強いて婚すべきには非ざれども、先入するところ、主となりて、良偶を失うの例も少なからず。親戚朋友の注意すべきことなり。一度び互に婚姻すればただ双方両家の好のみならず、親戚の・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・双方が総ての意味で真面目である場合とすれば、 一、現今のように、何か異状な出来事の如く感ぜず冷静に、深い愛を以って、愛人達の生活のよき発展を助けること、相手がよいわるい、適不適と云うことは当事者達の生活経験によらなければ云えないことと心・・・ 宮本百合子 「子に愛人の出来た場合」
出典:青空文庫