・・・一体日本で県より小さいものに郡の名をつけているのは不都合だと、吉田東伍さんなんぞは不服を唱えている。閭がはたして台州の主簿であったとすると日本の府県知事くらいの官吏である。そうしてみると、唐書の列伝に出ているはずだというのである。しかし閭が・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏した。右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、それを額に押し当てていた。 女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・安次の半身は棺から俯伏に飛び出した。四つの足は跳ね合った。安次の死体は二人に蹴りつけられる度毎に、へし折れた両手を振って身を踊らせた。と、間もなく、二人は爆ぜた栗のように飛び上った。血が二人の鼻から流れて来た。「エーイくそッ。」「何・・・ 横光利一 「南北」
・・・栖方は、梶が武器に関する質問をしないのが不服らしく、梶の黙っている表情に注意して云った。「いや、それだけは見たくないなア。」と梶は答えを渋った。 栖方は一層不満らしく黙っていた。前後を通じて栖方が梶に不満な表情を示したのは、このとき・・・ 横光利一 「微笑」
・・・樗陰は、そうでしょう、そうでなくちゃならない、月同照は変ですよ、と得意だったが、漱石は、しかしそうなるとまことに平凡だね、といかにも不服そうだった。樗陰は、文句が違っていちゃしようがない、さあ書きなおしてください、と新しい紙を伸べた。漱石は・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫