・・・と夫は、威たけ高に言うのですが、その声は震えていました。「恐喝だ。帰れ! 文句があるなら、あした聞く」「たいへんな事を言いやがるなあ、先生、すっかりもう一人前の悪党だ。それではもう警察へお願いするより手がねえぜ」 その言葉の響きには・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・勇吉はわくわく震えた。 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・ 動かぬもののたとえに引かれるわれわれの足もとの大地が時として大いに震え動く、そういう体験を持ち伝えて来た国民と、そうでない国民とが自然というものに対する観念においてかなりに大きな懸隔を示しても不思議はないわけであろう。このように恐ろし・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 私は、ブルブル震え始めた。迚も立っていられなくなった。私は後ろの壁に凭れてしまった。そして坐りたくてならないのを強いて、ガタガタ震える足で突っ張った。眼が益々闇に馴れて来たので、蔽いからはみ出しているのが、むき出しの人間の下半身だと云・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・板壁は断末魔の胸のように震え戦いた。その間にも私は、寸刻も早く看守が来て、――なぜ乱暴するか――と咎めるのを待った。が、誰も来なかった。 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌め込まれてある電球を遮る・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・もう秋の末で薄寒い頃に袷に襦袢で震えて居るのに、どうしたかいくら口をかけてもお前は来てくれず、夜はしみじみと更ける寒さは増す、独りグイ飲みのやけ酒という気味で、もう帰ろうと思ってるとお前が丁度やって来たから狸寝入でそこにころがって居ると、オ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 男はかるく震えながらこんな事を云った。 女はいかにも心からの様に笑って立ち上った。その襦袢の上にお召のどてらを着て伊達をグルグル巻にして机の上に頬杖をついたお龍の様子をその背景になって居る地獄の絵と見くらべて男はそばに居るのが恐ろ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 震えて口が利けない様だった。女二人は私の靴を片方ずつぬがせて呉れた。手伝に来た男は車屋に払い私の荷物を運んで行った。 目がくらくらする様な気になりながら私は一番奥に居る事だと思ったので西洋間へ速い足どりで入った。と、私は棒立ち・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・お花の声は震えている。「まあ、ちょいとお待ちよ。どうも変だわ。あの音をお聞き。手水場の中よりか、矢っ張ここの方が近く聞えるわ。わたしきっとこの四畳半の障子だと思うの。ちょっと開けて見ようじゃないか。」お松はこん度常の声が出たので、自分な・・・ 森鴎外 「心中」
・・・一度なんぞは、ある気狂い女が夢中に成て自分の子の生血を取てお金にし、それから鬼に誘惑されて自分の心を黄金に売払ったという、恐ろしいお話しを聞いて、僕はおっかなくなり、青くなって震えたのを見て「やっぱりそれも夢だったよ」と仰って、淋しそうにニ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫