・・・(暫く物を案ずる様子にてあちこち歩く。舞台の奥にてヴァイオリンの音聞ゆ。物懐しげに人の心を動かす響なり。初めは遠く、次第に近く、終にはその音暖かに充ち渡りて、壁隣の部屋より聞ゆる如音楽だな。何だか不思議に心に沁み入るような調べだ。あの男が下・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・金星音楽団の人たちは町の公会堂のホールの裏にある控室へみんなぱっと顔をほてらしてめいめい楽器をもって、ぞろぞろホールの舞台から引きあげて来ました。首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手の音がまだ嵐のように鳴って居ります。楽長はポ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・エリカは、舞台のうえにいていくたびか狙撃された。が、無事に千回以上の公演をつづけたが、一九三六年、解散させられた。チューリッヒで、「公安妨害」の口実で公演禁止されたのをはじめとして、ナチス外交官が出さきの外国でまでエリカの活動を妨害して、と・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・四ヵ月ほどして、ハガキが来た。部隊の名と自分の姓の下に名を書かないで少尉としてあった。そういう書式があるということはそのときまで知らなかった。ハガキをうちかえして眺めながらこっちからやるときは名まで書いてやれることを胴忘れして、もし同じ部隊・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・そしてそのあとへ何々部隊と、番号の長い板をかけた。 女生徒たちは、自分達の教室や校庭を、軍隊に荒らされることは辛く思いながら辛棒していたのに、乱暴にも学生にとって誇りと愛とのしるしである校標を溝へ投げこまれたことについて深い憤りを感・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・ジャングルの中にカタメテすてられた部隊から、一人はなれた人の飢餓と苦悩の運命の終焉が、カタマって餓死した人々の運命とその本質においてどうちがったろう? 最悪の運命の瞬間に、八千五百万の利用できる人々としてカタメられることを拒絶するために、カ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ ジェスチュアでない世界平和と民主的社会の建設のために誠実な努力をつづけている世界のすべての人がMRAの本体を見きわめているこんにち、片山哲氏が大財閥の三井一門とコーでもてなされて「MRAの機動部隊を日本に派遣されたい」と切望しているの・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・ 新聞で私達は玉砕と言われた前線部隊の人々が生還していることを度々読んだ。死んだと思われた人が生きて還って来るといえば私達の心は歓びで踊るように思う。然しその本人達は、そのような歓びを無邪気に感じていられただろうか。自分を死んだものとし・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・今日の世界は、社会の歴史を前進させ、不幸のより少い社会をつくるための悲痛にして名誉ある前衛大部隊として、諸民族の良人を失った妻たち、母たる妻たちの幾千万の発言を期待しているのである。〔一九四六年十二月〕・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ ここに「北岸部隊」というものを書いた一人の作家があります。農村から、工場から、勤口から、学校から兵隊にされていっている人たちが、人間らしく悲しみ、人間らしく無邪気に歓び、死にさらされているありさまを目撃して、それを人々に伝えたい、とい・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫