・・・―すなわち、此の界隈で働く女たち、丸髷の仲居、パアマネント・ウエーヴをした職業婦人、もっさりした洋髪の娼妓、こっぽりをはいた半玉、そして銀杏返しや島田の芸者たち……高下駄をはいてコートを着て、何ごとかぶつぶつ願を掛けている――雨の日も欠かさ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ お前は随分苦り切って、そんな羽目になった原因のおれの記事をぶつぶつ恨みおかしいくらいだったから、思わずにやにやしていると、お前は、「あんたという人は、えげつない人ですなあ」 と、呆れていた。「――まあ、そう言うな。潰してし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ おちりとあんぽんたんはどうどす……と物売りが三十石へ寄って行く声をしょんぼり聴きながら、死んだ姑はさすがに虫の知らせでお光が孫であることを薄々かんづいていたのだろうかと、血のつながりの不思議さをぶつぶつ呟きながら、登勢はしばらく肩で息・・・ 織田作之助 「螢」
・・・外はさすがに少しは風があるのでそこからぶらぶら歩いていますと、向うから一人の男が、何かぶつぶつ口小言を云いながらやって参ります、その様子が酔っぱらいらしいので私は道を避けていますとよろよろと私の前に来て顔を上げたのを見れば藤吉でございました・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ イワンは、口の中で、何かぶつぶつ呟きながら、防寒靴をはき、破れ汚れた毛皮の外套をつけた。「戦争かもしれんて」彼は小声に云った。「打ちあいでもやりだせゃ、俺れゃ勝手に逃げだしてやるんだ。」 戸外では若い馭者が凍えていた。商人は、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・釣れないというと未熟な客はとかくにぶつぶつ船頭に向って愚痴をこぼすものですが、この人はそういうことを言うほどあさはかではない人でしたから、釣れなくてもいつもの通りの機嫌でその日は帰った。その翌日も日取りだったから、翌日もその人はまた吉公を連・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・死んだつもりでいたのだが、この首筋ふとき北方の百姓は、何やらぶつぶつ言いながら、むくむく起きあがった。大笑いになった。百姓は、恥かしい思いをした。 百姓は、たいへんに困った。一時は、あわてて死んだふりなどしてみたが、すべていけないのであ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・ ミケランジェロだって、その当時は大理石の不足に悲憤痛嘆したのだ。ぶつぶつ不平を言いながらモオゼ像の制作をやっていたのだ。はからずもミケランジェロの天才が、その大理石の不足を償って余りあるものだったので、成功したのだ。いわんや私たち小才・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・ と、ひとりぶつぶつ不平を言い出す。 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、「・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 人の死んだ席で、なんの用事もせず、どっかと坐ったまま仏頂づらしてぶつぶつ屁理窟ならべている男の姿は、たしかに、見よいものではない。馬鹿である。気のきいたお悔みの言葉ひとつ述べることができない。許したまえ。この男は、悲しいのだ。自身の無・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
出典:青空文庫