・・・ お絹はぶつぶつ言っていた。「この家は、これでいったいなり立ってゆくのかね」道太はおせっかいに訊いた。「さあどうやら、見こみないでしょう。私厭だと言ったんだけれど、皆なしてやらすようにしたんです」おひろはお絹に当てつけるように言・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・気に入らぬことがあれば独でぶつぶつと怒って居る。そうした時は屹度上脣の右の方がびくびくと釣って恐ろしい相貌になる。彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に見出した時土塊でも木片でも人が之を投げつければ即時にくるくると捲いて決して其・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・雲の海はあっちでもこっちでもぶつぶつぶつぶつつぶやいているのです。よく気をつけて聞くとやっぱりそれはきれぎれの雷の音でした。 ブドリはスイッチを切りました。にわかに月のあかりだけになった雲の海は、やっぱりしずかに北へ流れています。ブドリ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・と云って向うに立ちあがりましたので平二はぶつぶつ云いながら又のっそりと向うへ行ってしまいました。 その芝原へ杉を植えることを嘲笑ったものは決して平二だけではありませんでした。あんな処に杉など育つものでもない、底は硬い粘土なんだ、やっぱり・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・ すると波はすこしたじろいだようにからっぽな音をたててからぶつぶつ呟くように答えました。「おれはまた、おまえたちならきっと何かにしなけぁ済まないものと思ってたんだ。」 私はどきっとして顔を赤くしてあたりを見まわしました。 ほんと・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・そして直ぐぶつぶつ、箕をふいて籾選りを仕つづけた。 それにしても雨降りよりは増しだ。 雨だと一太は納豆売りに出なかった。学校へ行かない一太は一日家に凝っとしていなければならないが、毎日野天にいることが多い一太にとってそれは実に退屈だ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
白菜と豚の三枚肉のお鍋 そろそろ夜がうすら寒くなってくると家でよくするお惣菜の一つです。白菜を四糎位に型をくずさない様にぶつぶつ切りまして、三枚肉は普通に切ったのを一緒に水をたっぷり入れてはじめからあ・・・ 宮本百合子 「十八番料理集」
・・・ 腹立たしい様な調子でぶつぶつ祖母は小さい妹の待遇法について不平を云った。「兄弟が多いからでしょう、仕方がありませんよねえ。今度病気がよくなったらこっちでお育てなさるといい。楽しみにもなるしするから。「何! なおるもんで・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 婆あさんは歯痒いのを我慢するという風で、何か口の内でぶつぶつ云いながら、勝手へ下った。 七月十日は石田が小倉へ来てからの三度目の日曜日であった。石田は早く起きて、例の狭い間で手水を使った。これまでは日曜日にも用事があったが、今日は・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・二階の大きな部屋に並んだ針箱が、どれも朱色の塗で、鳥のように擡げたそれらの頭に針がぶつぶつ刺さっているのが気味悪かった。 生花の日は花や実をつけた灌木の枝で家の中が繁った。縫台の上の竹筒に挿した枝に対い、それを断り落す木鋏の鳴る音が一日・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫