・・・ 阿波の六郎澄元は与一の方から何らかの使者を受取ったのであろう、悠然として上洛した。無人では叶わぬところだから、六郎の父の讃岐守は、六郎に三好筑前守之長と高畠与三の二人を付随わせた。二人はいずれも武勇の士であった。 与二は政元の下で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもって旅行するようになるのですから、まして夫人方は「虫の垂れ衣」を被った大時代や、・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・したものであって、放課後、余人ひとりいないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと、ふたりきりひそひそ世の中の話を語っているのであるが、秋風が無人の廊下をささと吹き過ぎて、いずこか遠・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・AMADEUS HOFFMANN 路易第十四世の寵愛が、メントノン公爵夫人の一身に萃まって世人の目を驚かした頃、宮中に出入をする年寄った女学士にマドレエヌ・ド・スキュデリイと云う人があった。「労働」KARL SCHOENHERR・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・小坂氏の夫人は既に御他界の様子で、何もかも小坂氏おひとりで処置なさっているらしかった。 私は足袋のために、もうへとへとであった。それでも、持参の結納の品々を白木の台に載せて差し出し、「このたびは、まことに、――」と礼法全書で習いおぼ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・裁判所の裏口から、一歩そとへ出ると、たちまち吹雪が百本の矢の如く両頬に飛来し、ぱっとマントの裾がめくれあがって私の全身は揉み苦茶にされ、かんかんに凍った無人の道路の上に、私は、自分の故郷にいま在りながらも孤独の旅芸人のような、マッチ売りの娘・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・往来に、あるいは佇み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい縁だ、と傍若無人に勝手にきめて、魚容は大いに迷惑では・・・ 太宰治 「竹青」
・・・令嬢フィニイはキルヒネツグ領のキルヒネツゲル伯爵夫人になるのが本望である。この社会では結婚前は勿論、結婚してからも、さ程厳重に束縛せられないと云うことを、令嬢は好く知っているのである。 勿論ポルジイの品行は随分ひどい。しかし女達に追い廻・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ キュリー夫人などが居るではないかという抗議に対しては、「そういう立派な除外例はまだ外にもあろうが、それかといって性的に自ずから定まっている標準は動かされない。」 モスコフスキーは四十年前の婦人と今の婦人との著しい相違を考えると・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫