・・・火の気の無い、広い応接室の隅に、ぶるぶる震えながら立って、あなたの画を見ていました。あれは、小さい庭と、日当りのいい縁側の画でした。縁側には、誰も坐っていないで、白い座蒲団だけが一つ、置かれていました。青と黄色と、白だけの画でした。見ている・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・興奮して蒼ざめ、ぶるぶる震えている熊本君の片腕をつかんで、とっとと歩き出した。佐伯も私たちの後から、のろのろ、ついて来た。「佐伯君は、いけません。悪魔です。」熊本君は、泣くような声で訴えた。「ご存じですか? きのう留置場から出たばかりな・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼えるような声を出したりまた不思議な嘯くような呼気音を立てたりする。この巫女の所作にもどこか我邦・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ 火鉢のそばに寝ていた猫が起きあがって一度垂直に伸び上がってぶるぶると身振いをする。それから前脚を一本ずつずっと前へ伸ばして頭を低く仰向いて大きな欠伸をして、尻尾をSの字に曲げてから全身を前脚の方へ移動しのめらせてそうして後脚を後方への・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・そうして扁平な頭をぶるぶると擡げるのみで追うて人を噛むことはない。太十も甞て人を打擲したことがなかった。彼はすぐ怒るだけに又すぐに解ける。殊に瞽女のお石と馴染んでからはもうどんな時でもお石の噺が出れば相好を崩して畢う。大きな口が更に拡がって・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・見ると珊瑚のような唇が電気でも懸けたかと思われるまでにぶるぶると顫えている。蝮が鼠に向ったときの舌の先のごとくだ。しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけてある題辞を朗らかに誦した。Yow that the beasts do we・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・だいいち輪廓のぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。 にわかにぱっと暗くなり、そこらの苔はぐらぐらゆれ、蟻の歩哨は夢中で頭をかかえました。眼をひらいてまた見ますと、あのまっ白な建物は、柱が折れてすっかり引っく・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・母親のひばりは、物も言えずにぶるぶる顫えながら、子供のひばりを強く強く抱いてやりました。 ホモイはもう大丈夫と思ったので、いちもくさんにおとうさんのお家へ走って帰りました。 兎のお母さんは、ちょうど、お家で白い草の束をそろえておりま・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・窓の方へ背中を向けて頭を粟稈に埋めるようにしているが、その背中はぶるぶる慄えていると云うのだね。」 小川は杯を取り上げたり、置いたりして不安らしい様子をしている。平山はますます熱心に聞いている。 主人はわざと間を置いて、二人を等分に・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・子供たちは砂浜で、ぶるぶる慄える海月を攫んで投げつけ合った。舟から樽が、太股が、鮪と鯛と鰹が海の色に輝きながら溌溂と上って来た。突如として漁場は、時ならぬ暁のように光り出した。毛の生えた太股は、魚の波の中を右往左往に屈折した。鯛は太股に跨ら・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫