・・・けれども、人間の行い得る最高至純の懺悔の形式は、かのゲッセマネの園に於ける神の子の無言の拝跪の姿である、とするならば、オーガスチンの懺悔録もまた、俗臭ふんぷんということになるであろう。みな、だめである。ここに言葉の運命がある。 安心する・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・外は深緑で、あんなに、まばゆいほど明るかったのに、ここは、どうしたのか、陽の光が在っても薄暗く、ひやと冷い湿気があって、酸いにおいが、ぷんと鼻をついて、盲人どもが、うなだれて、うようよいる。盲人ではないけれども、どこか、片輪の感じで、老爺老・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照らされて樹脂中の揮発成分を放散するのであろう。この匂いを嗅ぐと、少年時代に遊び歩いた郷里の北山の夏の日の記憶が、一度に爆発・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・そして強い土の香がぷんと鼻にしみるように立ちのぼった。 無数の葉の一つ一つがきわめて迅速に相次いで切断されるために生ずる特殊な音はいろいろの事を思い出させた。理髪師の鋏が濃密な髪の一束一束を切って行く音にいつも一種の快感を味わっていた私・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げる艦は、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。 さて、空を大きく四へん廻ったとき、大監督が、「分れっ、解散」と云いながら、列をはなれて杉の木の大監督官舎に・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫