・・・「何だよ! さっきから返事をしてるじゃないか」「そうですか」と小僧は目をパチクリさせて、そのまま下りて行こうとする。「あれ、なぜ黙って行くのさ。呼んだのは何の用だい?」「へい、お客様で……こないだ馬の骨を持って来たあの人が…・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんにでも、へいと言って出せるもんですか」 そう言われると、二人は、「自分たちもそう思います」 と、うっかりそう答えてしまい・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・「××どんあれはいつ頃だったけ」「へい」 しばらく見ない間にすっかり大人びた小店員が帳簿を繰った。 堯はその口上が割合すらすら出て来る番頭の顔が変に見え出した。ある瞬間には彼が非常な言い憎さを押し隠して言っているように見え、・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「与助にはなんぼ程貸越しになっとるか?」と、主人は云った。「へい。」杜氏は重ねてお辞儀をした。「今月分はまるで貸しとったかも知れません。」 主人の顔は、少時、むずかしくなった。「今日限り、あいつにゃひまをやって呉れい!」・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 「待て。狐。僕は大将だぞ」 狐がびっくりしてふり向いて顔色を変えて申しました。 「へい。存じております。へい、へい。何かご用でございますか」 ホモイができるくらい威勢よく言いました。 「お前はずいぶん僕をいじめたな。今・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「へい、いらっしゃい。みなさん。一寸おやすみなさい。」「なんですか。舶来のウェクーというものがあるそうですね。どんなもんですか。ためしに一杯呑ませて下さいませんか。」「へい、舶来のウェスキイですか。一杯二厘半ですよ。ようござんす・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ クねずみは横の方を向いて、おひげをひっぱりながら、横目でタねずみの顔を見ていましたが、ずうっとしばらくたってから、あらんかぎり声をひくくして、「へい。そして。」と言いました。ところがタねずみはもうすっかりこわくなって物が言えません・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・「これだけお願いするそうです。」「へい。ええと。この剪定鋏はひどく捩れておりますから鍛冶に一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段を決めておいてよろしかったらお研ぎいたしましょう。」「そう・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」「みんな蟻がとってしまいましたよ。私のような弱いものをだますなんて、償うてください。償うてください。」「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」「知らん、知らん。私の・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・「あいや、しばらく待て。そちは何と申す」「へいへい。私は六平と申します」「六平とな。そちは金貸しを業と致しおるな」「へいへい。御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「いやいや、拙者が借り・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
出典:青空文庫