・・・せわしく深く気息をついて、体はつかれ切ったようにゆるんでへたへたになっていました。妹は私が近づいたのを見ると夢中で飛んで来ましたがふっと思いかえしたように私をよけて砂山の方を向いて駈け出しました。その時私は妹が私を恨んでいるのだなと気がつい・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・「もう、その度にね、私はね、腰かけた足も、足駄の上で、何だって、こう脊が高いだろう、と土間へ、へたへたと坐りたかった。」「まあ、貴下、大抵じゃなかったのねえ。」 フトその時、火鉢のふちで指が触れた。右の腕はつけ元まで、二人は、は・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・夜光虫は私たちに一言の挨拶もせず、溶けて崩れるようにへたへたと部屋の隅に寝そべった。「かんにんして呉れよ。僕は疲れているんだ」 すぐつづいて太宰が障子をあけてのっそりあらわれた。ひとめ見て、私はあわてふためいて眼をそらした。これはい・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・(へたへたと尻餅命の空気が脱け出てしまうような。どうぞ帰ってくれい。誰がお前を呼んだのか。帰れ帰れ。誰がお前をこの内に入れたのか。死。立て。その親譲りの恐怖心を棄ててしまえ。わしは何もそう気味の悪い者ではない。わしは骸骨では無い。男神ジ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・みんなあんまり一生けん命だったので、汗がからだ中チクチクチクチク出て、からだはまるでへたへた風のようになり、世界はほとんどまっくらに見えました。とにかくそれでも三十疋が首尾よくめいめいの石をカイロ団長の家まで運んだときはもうおひるになってい・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・おれたちの仕事はな、地殻の底の底で、とけてとけて、まるでへたへたになった岩漿や、上から押しつけられて古綿のようにちぢまった蒸気やらを取って来て、いざという瞬間には大きな黒い山の塊を、まるで粉々に引き裂いて飛び出す。煙と火とを固めて空に抛・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫