・・・ 二十九日 朝から午少し前まで、仕事をしたら、へとへとになったから、飯を食って、水風呂へはいって、漫然と四角な字ばかり並んだ古本をあけて読んでいると、赤木桁平が、帷子の上に縞絽の羽織か何かひっかけてやって来た。 赤木は昔から・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・身を悶え、肩を揉み揉みへとへとになったらしい。……畦の端の草もみじに、だらしなく膝をついた。半襟の藍に嫁菜が咲いて、「おほほほほほほ、あはははは、おほほほほほ。」 そこを両脇、乳も、胸も、もぞもぞと尾花が擽る! はだかる襟の白さを合・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ こんな調子に、戯言やら本気やらで省作はへとへとになってしまった。おはまがよそ見をしてる間に、おとよさんが手早く省作のスガイ藁を三十本だけ自分のへ入れて助けてくれたので、ようやく表面おはまに負けずに済んだけれど、そういうわけだから実はお・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・おかげで毎夜身体はへとへとになり、やっとアパートの自分の部屋に戻って何ひとつ手につかず、そうかといって妙な不安に神経が昂ぶっているのでろくろく睡ることもできなかったという。彼はその頃せめてもに無為な生活から脱けだそうとして、いつかは上演され・・・ 織田作之助 「道」
・・・……そして、次のタバコまでに、皆は結局散々コキ使われたことになって、へとへとに疲れてしまう。なかでも脆弱な京一が一番ひどく困らされるのだった。「何んにも出来ん者が、他人と一と並に休みよってどうなるもんでえ!…………休むひまに、道具の名前・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ 旅行下手というものは、旅行の第一日に於て、既に旅行をいやになるほど満喫し、二日目は、旅費の殆んど全部を失っていることに気がつき、旅の風景を享楽するどころか、まことに俗な、金銭の心配だけで、へとへとになり、旅行も地獄、這うようにして女房・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 私は足袋のために、もうへとへとであった。それでも、持参の結納の品々を白木の台に載せて差し出し、「このたびは、まことに、――」と礼法全書で習いおぼえた口上を述べ、「幾久しゅうお願い申上げます。」と、どうやら無事に言い納めた時に、三十・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私は、弱い男であるから、酒も呑まずに、まじめに対談していると、三十分くらいで、もう、へとへとになって、卑屈に、おどおどして来て、やりきれない思いをするのである。自由濶達に、意見の開陳など、とてもできないのである。ええとか、はあとか、生返事し・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・勢い、なんでもかでも、全部を書くことになって、一日かいて、もうへとへとになるのである。正確に書きたいと思うから、なるべくは眠りに落ちる直前までの事を残さず書いてみたいし、実に、めんどうな事になるのである。それに、日記というものは、あらかじめ・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・し、あしたは大丈夫だ、あしたは大丈夫だと、お互い元気をつけ合って、そうして寝て、また朝早く、山へ出かけて、ほうぼう父に引っぱりまわされ、さんざ出鱈目の説明聞かされて、それでも、いちいち深くうなずいて、へとへとになって帰ってきました。何もかも・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫