・・・ 酔ってひょろひょろ太右衛門が、 去年、三十八、たべた。 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、 野原のおそばはホッホッホ。 酔ってひょろひょろ清作が、 去年十三ばいたべた。」 四郎もかん子もすっかり釣り込ま・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・はじめから赤鉛筆を手にもって、べたスジをひくことにして読みはじめたものであることが一目瞭然であった。赤スジのないところには、文章さえのこっていないのだから、小説として発表が出来るわけもない。「その年」のようにおだやかな作品でさえもそういう取・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ 景清 この夏、弟の家へ遊びに行って、甃のようになっているところの籐椅子で涼もうとしていたら、細竹が繁り放題な庭の隅から、大きな茶色の犬が一匹首から荒繩の切れっぱしをたらしてそれを地べたへ引ずりながら、のそり、のそりと出て・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ ふっと、由子は心の隅に、更にもう一つの紅い玉を思い泛べた。帯留の練物のような薄紅色ではない。その玉は所謂紅玉色で、硝子で薔薇カットが施こされていて、直径五分ばかりのものだ。紅玉色の硝子は、濃い黒い束ね髪の上にあった。髪の下に、生え際の・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 特徴的に狭い額に、深い横皺のある賤しい顔つきをした男は警視庁と印刷のしてあるケイ紙を出し、そこへ、 赤旗 共青 資金関係 そんな風な項目を書き並べた。「サア、いつから赤旗を読んでる!」 自分はそういうもの・・・ 宮本百合子 「刻々」
どうもこれは大へん難しいおたずねだと思われますね。こういう質問を受けて、私が返答に困るのは、いってみれば、今のような世の中での生活は重荷がベタ押しで、取り出して見れば経済的な重荷、女として経験しつつある重荷、および作家とし・・・ 宮本百合子 「女流作家多難」
・・・ 先にねえ、『海の夫人』だか何だったかの時に喰べたのたべないのって―― そのあげくが喉はいらいらする夜は眠られないって夜中の二時頃わざわざ手紙なんか書いて私の所へよこしたんですよ。」 篤はいつもになくこんな事を云った。「・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 大きい方の弟が、牧場の土のところどころにある黒い堆積をさして、「ねえ、あれ、牛のべたくそ?」と大きな声できいた。「そうですよ」 一緒に牛をみている女中が、のんびりした調子で答えた。 すると、下の弟が、「べたくそ・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫