・・・ 二階では、――「さァ、絶体だ」「出る、出る!」「助平だ、ねえ――?」「降りてやらア」「行けばいいのに――赤だよ」「そりゃ来た!」「こん畜生!」 ぺたぺたと花を引く音がしていた。 菊子がまだ国府津にい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しかも、これによって、生きている人をそのままに透明な幽霊にして壁へでもなんでもぺたぺたと張り付けあるいは自由に通り抜けさせることができるのである。 映画における空間の特異性はこの二次元性だけではない。これに劣らず重要なことは、その空間の・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・そして草原をぺたぺた歩いて畑にやって参りました、 それから声をうんと細くして、「野鼠さん、野鼠さん。もうし、もうし。」と呼びました。「ツン。」と野鼠は返事をして、ひょこりと蛙の前に出て来ました。そのうすぐろい顔も、もう見えないく・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 二人は帽子とオーバーコートを釘にかけ、靴をぬいでぺたぺたあるいて扉の中にはいりました。 扉の裏側には、「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、 ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」と・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・春めいた日だったので、私は家じゅうをあけ放し、来ていた女の客としゃべっていたら門の中の板塀の下から見馴れた羽織が見え、いね公やって来たら、長火鉢の前にぺたぺたとなってニヤリニヤリ笑うだけでろくに声も出さないの。大腸カタルのひどいのをやって、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫