元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。 天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、その頃は一層この国の宗徒に、あらたかな・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ そのうちに、久米と松岡とが、日本の文壇の状況を、活字にして、君に報ずるそうだ。僕もまた近々に、何か書くことがあるかもしれない。 芥川竜之介 「出帆」
・・・ 二 奉行の前に引き出された吉助は、素直に切支丹宗門を奉ずるものだと白状した。それから彼と奉行との間には、こう云う問答が交換された。 奉行「その方どもの宗門神は何と申すぞ。」 吉助「べれんの国の御若君、・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・と云う、古い札が下っていますが、――時々和漢の故事を引いて、親子の恩愛を忘れぬ事が、即ち仏恩をも報ずる所以だ、と懇に話して聞かせたそうです。が、説教日は度々めぐって来ても、誰一人進んで捨児の親だと名乗って出るものは見当りません。――いや勇之・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・は一切諸悪の根本なれば、いやしくも天主の御教を奉ずるものは、かりそめにもその爪牙に近づくべからず。ただ、専念に祈祷を唱え、DS の御徳にすがり奉って、万一「いんへるの」の業火に焼かるる事を免るべし」と。われ、さらにまた南蛮の画にて見たる、悪・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・といってからに俺しには商人のような嘘はできないのだから、無理押しにでも矢部の得手を封ずるほかはないではないか」 彼はそんな手にはかかるものかと思った。「そんならある意味で小作人をあざむいて利益を壟断している地主というものはあれはどの・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ そこでこれらの数氏の所説に対する僕の感じを兄に報ずることになるのだが、それは兄にはたいして興味のある問題ではないかもしれない。僕自身もこんなことは一度言っておけばいいことで、こんなことが議論になって反覆応酬されては、すなわち単なる議論・・・ 有島武郎 「片信」
・・・半死の船子は最早神明の威令をも奉ずる能わざりき。 学生の隣に竦みたりし厄介者の盲翁は、この時屹然と立ちて、諸肌寛げつつ、「取舵だい」と叫ぶと見えしが、早くも舳の方へ転行き、疲れたる船子の握れる艪を奪いて、金輪際より生えたるごとくに突・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・しかし私には無代価で送ってもらっているということが、わざ/\ハガキを本社に出して転居を報ずるのを差し控えさせた。何となればそうするのがあまり厚顔しいように感じられたからであった。たゞ私はどうかしてこのことだけを配達夫に知らせたいと思った。・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為ないのではないので、実をいうと何方でも可いから決め・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫