・・・は飛行機の翼を払うだけの包容性を失わないのである。 こう考えて来ると、和歌と俳句は純粋な短詩の精神を徹底的に突きつめたものであり、またその点で和歌よりも俳句のほうがいっそう極度まで突きつめたものだということになるのである。 俳句にお・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・そうしてその指揮者の頭がよほど幅員が大きく包容力が豊かでなければ、結局狭隘な独吟的になるか、さもなくばメンバーのほうでつまらなくておしまいまでやり切れないであろうと思われる。しかしともかくもこういう試みは未来の連句のためにわれわれの努力し刻・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・日本の人々が皆感激の高調に上って、解脱又解脱、狂気のごとく自己を擲ったごとく、我々の世界もいつか王者その冠を投出し、富豪その金庫を投出し、戦士その剣を投出し、智愚強弱一切の差別を忘れて、青天白日の下に抱擁握手抃舞する刹那は来ぬであろうか。あ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・――アンネットが確実に彼のものとなった後、彼は、アンネットの誠実な、熱烈な純一を愛する心を無視した一つずつの肉的な抱擁が、どんなにアンネットの霊魂を傷つけるかまるで考え得なかったのであった。アンネットは、大きな、死ぬばかりの苦痛を味った。・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ。 人が、陥り易い多くの盲目と、忘我とを地獄の門として居る為に、性慾が如何に恐るべき謹むべきものであるかと云うことは、昔の賢者の云った通りである。 ・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・彼等の或るものは、昔その母が彼女を胸に抱きしめたように幼い子供を抱擁して、前線へ出発して行く良人の傍を並んで歩いて行っているであろう。それを眺める父と母たちの思い、彼等に何を想起させ、何を望ませているであろうか。ヨーロッパの天地は再び震撼し・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ 真心から彼女を抱擁するが故に、真心から彼女を打つかもしれません。そして、心は悲しみに満ちながら、彼女のかねて予想した結果にまで事を運んでしまうのでございます。 斯ういう事情があっても、良人が自分を虐待するという為に訴訟し弁護され、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ああ、これこそわれら働く若い男女の愛の希望と互にうなずける社会的解決があって、抱擁し接吻しているのだろうか。それとも、職業もない、空腹がある、そして幻滅が大きい。せめては、こんな気分でも、と、輸入映画のひもじい複製でなぐさめているのであろう・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・打ち顫える抱擁と思い入った瞳を思い起せば私は 心もなえ獣となって 此深い驚異すべき情に浸りたいとさえ思う。けれどもわが ひとよ!わが ひとよ!ああ 貴方は。――神よ。私は授けられた貴方・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺々しい不調和と面接し、永い永い道連れとならなければならなかったのである。 以前より、自分の正しいと信じるところに勇ましくなった彼女は、あなたはどう思いますという問に対して、正直に、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫