・・・と、上田は冷ややかに笑います、鷹見は、「イヤ、あんな男に限って、女にかあいがられるものサ、女の言いなりほうだいになっていて、それでやはり男だから、チョイと突っ張ってみる、いわゆる張りだね、女はそういうふうな男を勝手にしたり、また勝手にさ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・だがその姿勢が悩みのために、支えんとしても崩されそうになるところにこそ学窓の恋の美しさがあるのであって、ノートをほうり出して異性の後を追いまわすような学生は、恋の青年として美しくもなく、また恐らく勝利者にもなれないであろう。 しかし私が・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「おい、おい。お守りの中から金が出てきたが。」 吉永は嬉しそうに云った。「何だ。」「お守りの中から金が出てきたんだ。」「ほんとかい。」「嘘を云ったりするもんか。」「ほう、そいつぁ、儲けたな。」 松木と武石とが・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・鼎は遂に京口のきしょうほうの手に渡った。それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、とうとう凝菴の手に入ったが、この凝菴という人は、地位もあり富力もある上に、博雅で、鑒識にも長け、勿論学問もあった人だったから、家には非常に多くの優秀な骨董を有・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そして「あほう……」と言った。酔っているらしかった。「ばか野郎 どこをウロついてるんだい、この穀つぶし]」 しかしそう言ったか、どうか分らない、そう聞いたように思ったその瞬間、彼はきゅうに自分の身体が軽く、ちょっと飛び上ったように感・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・毎年の暮れに、郷里のほうから年取りに上京して、その時だけ私たちと一緒になる太郎よりも、次郎のほうが背はずっと高くなった。 茶の間の柱のそばは狭い廊下づたいに、玄関や台所への通い口になっていて、そこへ身長を計りに行くものは一人ずつその柱を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・王子はびっくりして、「ほほう、これはちょうほうな男だ。どうです、きょうから私のお供になってくれませんか。私もちょうど、お前さんと同じように、仕合せをさがして歩いているのだから。」と、聞いて見ました。するとぶくぶくはよろこんで、「どう・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・しかしておかあさんがむすめを抱かないほうの手を延ばしてその枝をつかむと、松はみずから立ちなおって、うれいにしずむおかあさんを沢の中から救い上げてくれました。 その時霧はふきはらわれて、太陽はまた照り始めました。しかして二人は第四の門に近・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・結果は同じ様なことになるのだが、フランス式のほうは、すべての人に納得の行くように、いかにも合理的な立場である。けれども、いまの解析の本すべてが、不思議に、言い合せたように、平気でドイツ式一方である。伝統というものは、何か宗教心をさえ起させる・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 女たちのほうの観察をもう少ししたいと思ったけれど、どうもそのほうは誰も遠慮して話してくれない。それに、その女たちにも会う機会がない。遺憾だとは思ったが、しかたがないので、そのまま筆をとることにした。 六月の二日か三日から稿を起こし・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫