・・・いながら知るべき名所を問わず、己が生れしその国を天地世界と心得るは、足を備えて歩行せざるが如し。ゆえに地理書を学ばざる者は、跛者に異ならず。第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・帳合の法を知らずして商売する者は、道を知らずして道を歩行する人の如し。風致もなく快楽もなきのみならず、あるいは行過ぎ、あるいは回り道して、事実に大なる損亡を蒙る者なきに非ず。一身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ 先ず最初に胸に浮んだ趣向は、月明の夜に森に沿うた小道の、一方は野が開いて居るという処を歩行いて居る処であった。写実写実と思うて居るのでこんな平凡な場所を描き出したのであろう。けれども景色が余り広いと写実に遠ざかるから今少し狭く細かく写・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・そして母に手を引かれて歩行いて居る処でありたかった。そして両側の提灯に眼を奪われてあちこちと見廻して居るので度々石につまずいて転ぼうとするのを母に扶けられるという事でありたかった。そして遂には何か買うてくれとねだりはじめて、とうとうねだりお・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・秀真格堂の二人は歩行いて往た。突きあたって左へ折れると平岡工場がある。こちらの草原にはげんげんが美しゅう咲いて居る。片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張子細工が何百となくぶら下って居る。大きな亀が・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・めったに闇の中を歩行いて血の池なんかに落ちようものなら百年目だ、こんな事なら円遊に細しく聞いて来るのだッた。オヤ梟が鳴く。何でも気味の善い鳥とは思わなかったが、道理で地獄で鳴いてる鳥じャもの。今日は弔われのくたびれで眠くなって来た…………も・・・ 正岡子規 「墓」
・・・この日は快晴であったが、山の色は奇麗なり、始めて白い砂の上を歩行いたので、自分は病気の事を忘れるほど愉快であった。愉快だ愉快だと、いわぬ者は一人もない。中にはこのきたない船にコレラのなかったのは不思議だ、などというて喜んで居る者もある。しか・・・ 正岡子規 「病」
・・・右隊入場、著しく疲れ辛うじて歩行す。曹長「七時半なのにどうしたのだろうバナナン大将はまだ来ていない七時半なのにどうしたのだろうバナナン大将は 帰らない。」左隊登場 最労れたり。曹長・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・一本の通路の、どっち側を歩くかということさえ歩く人間の気まかせにはさせられない歩行の間、特に独房にいるものは、自分の一歩、一歩を体じゅうで味い、歩くという珍しい大きい変化を神経の隅々にまで感受しようとする。本人たちが自覚しているよりも深いそ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ところへ大層急ぎ足で西の方から歩行て来るのはわずか二人の武者で、いずれも旅行の体だ。 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫