・・・「もっともこの問題はいずれにせよ、とにかく珍竹林主人から聞いた話だけは、三浦の身にとって三考にも四考にも価する事ですから、私はその翌日すぐに手紙をやって、保養がてら約束の釣に出たいと思う日を知らせました。するとすぐに折り返して、三浦から・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこを狙ったわけでもないが、来がけに一晩保養をしたがね。真北の海に向って山の中腹にあるんだから、長い板廊下を九十九折とった形に通るんだ。――知っているかも知れないが。――座敷は三階だったけれど、下からは四階ぐらいに当るだろう。晩飯の烏賊と蝦・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・と堅く口止をしました上で、宿帳のお名のすぐあとへ……あの、申訳はありませんが、おなじくと……画家 (微に眉を顰保養に来る場所ですから、そんな悪戯もいいでしょうな――失礼します。夫人 あれ、先生、お怒りも遊ばさないで……画家 綺麗・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・何でも悪い夢は、明かしてぱッぱと言うものだと諺にも云うのだから、心配事は人に話をする方が、気が霽れて、それが何より保養になるよ。」 としみじみ労って問い慰める、真心は通ったと見えまして、少し枕を寄せるようにして、小宮山の方を向いて、お雪・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・『僕が十九の歳の春の半ごろと記憶しているが、少し体躯の具合が悪いのでしばらく保養する気で東京の学校を退いて国へ帰る、その帰途のことであった。大阪から例の瀬戸内通いの汽船に乗って春海波平らかな内海を航するのであるが、ほとんど一昔も前の事で・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・切詰めた予算だけしか有しておらぬことであるから、当人は人一倍困悶したが、どうも病気には勝てぬことであるから、暫く学事を抛擲して心身の保養に力めるが宜いとの勧告に従って、そこで山水清閑の地に活気の充ちた天地の気を吸うべく東京の塵埃を背後にした・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・私は小田原の海岸まで保養を思い立ったこともある。その時も次郎は先に立って、弟と一緒に、小田原の停車場まで私を送りに来た。 やがて大地震だ。私たちは引き続く大きな異変の渦の中にいた。私が自分のそばにいる兄妹三人の子供の性質をしみじみ考える・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・明日にも姉さんが行きさえすれば、入れるばかりにして来ました。保養にでも出掛けるつもりで行って見たら、どうです」「熊吉や、そんなことを言わないで、小さな家でも一軒借りることを心配してくれよ。俺は病院なぞへ入る気には成らんよ」「しかし姉・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を借り、自炊の保養をすることができ、毎夜毎夜、寝巻をしぼる程の寝汗とたたかい、それでも仕事はしなければならず、毎朝々々のつめたい一合の牛乳だけが、ただそれだけが、奇妙に生きているよ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・春になったら房州南方に移住して、漁師の生活など見ながら保養するのも一得ではないかと思います。いずれは仕事に区切りがついたら萱野君といっしょに訪ねたいと思います。しばらく会わないので萱野君の様子はわからない。きょう、只今徹夜にて仕事中、後略の・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫