・・・が火の気はぽっちり。で、灰の白いのにしがみついて、何しろ暖かいものでお銚子をと云うと、板前で火を引いてしまいました、なんにも出来ませんと、女中の素気なさ。寒さは寒し、なるほど、火を引いたような、家中寂寞とはしていたが、まだ十一時前である……・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「井戸辺に出ていたのを、女中が屋後に干物に往ったぽっちりの間に盗られたのだとサ。矢張木戸が少しばかし開いていたのだとサ」「まア、真実に油断がならないね。大丈夫私は気を附けるが、お徳さんも盗られそうなものは少時でも戸外に放棄って置かん・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・其の青い中にぽっちりと見えるカンテラの焔が微かに動き乍ら蚊帳を覗て居る。ともし灯を慕うて桐の葉にとまった轡虫が髭を動かしながらがじゃがじゃがと太十の心を乱した。太十は煙草を吸おうと思って蚊帳の中に起きた。蜀黍が少しがさがさと鳴るように聞えた・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・誰の胸の奥にでも必ずぽっちりはある感傷癖を誘い出すように聞えるのだ。 まして彼は生れつき其傾向を多分に持ち合わせていた。彼はメランコリックな表情を浮べた。そして、仰向き眼をしぱしぱさせながら何かを考え出した。 やがて、彼は側の小卓子・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・―― 一太は口淋さを紛すため、舌を丸めて出したり、引こませたり、下目を使って赤くぽっちりと尖った自分の舌の先を見たりし始めた。母親は、縫物の手を休めず、「ほんとにねえ」と大きく嘆息したが、「お父つぁんさえいてくれれば、こうま・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・畳の上へ賽銭箱をバタン、こっちへバタンと引っくりかえすが出た銅貨はほんのぽっちり。今度は正面の大賽銭箱。すのこのように床にとりつけてある一方が鍵で開くらしい。年よりの男が大きい昔ながらの鍵をガチャガチャ鳴らしてあちら向きに何かしている。白木・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 頭脳の明敏な愛嬌にほんのぽっちり面倒臭さを露わに示したうわてな親密さで、桃子は、「さ、あなたはどっちへ帰るの? きょうはあなたの護衛の騎士になってあげるわよ」「ありがとう。でもきょうはいいわ、五時に日比谷で原に会うの」「ハ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・底にぽっちり葡萄酒の入っている醤油の一升瓶がじかに傍の畳へ置いてある。ルイコフが、彼のマンドリンと一緒に下げて来たものだ。ルイコフとマリーナはさっき大論判をしたところであった。栗色の髪の薄禿げた、キーキー声を出すエーゴルは、ジェルテルスキー・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫