・・・が、それは追々話が進むに従って、自然と御会得が参るでしょう。「何しろ三浦は何によらず、こう云う態度で押し通していましたから、結婚問題に関しても、『僕は愛のない結婚はしたくはない。』と云う調子で、どんな好い縁談が湧いて来ても、惜しげもなく・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・何気なく陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。陀多はこれを見る・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・とにかくこれへ持って参るように。」 正純はまた次ぎの間へ退き、母布をかけた首桶を前にいつまでもじっと坐っていた。「早うせぬか。」 家康は次ぎの間へ声をかけた。遠州横須賀の徒士のものだった塙団右衛門直之はいつか天下に名を知られた物・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・頭から先に参るのだ」と呟いたことがあるそうである。この逸話は思い出す度にいつも戦慄を伝えずには置かない。わたしはスウィフトほど頭の好い一代の鬼才に生まれなかったことをひそかに幸福に思っている。 椎の葉 完全に幸福になり得・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、私が連れられて、膝行して当日の婿君の前に参る事です。 絞罪より、斬首より、その極刑をお撰びなさるが宜しい。 途中、田畝道・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 実際、おかみさんが出来るようになりましてからも参るのは確に年に一度でございましたが、それとも日に三度ずつも来ましたか、そこどこはたしかなことは解りません。 何にいたしましても、来るものも娶るものも亡くなりましたのは、こりゃ葬式が出・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……私の隣の松さんは、熊野へ参ると、髪結うて、熊野の道で日が暮れて、あと見りゃ怖しい、先見りゃこわい。先の河原で宿取ろか、跡の河原で宿取ろか。さきの河原で宿取って、鯰が出て、押えて、手で取りゃ可愛いし、足で取りゃ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・、あんまり可哀そうだから、私がその病気を復と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外へ出まして、見覚のある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足ですたすた参るんでございます。」 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・わたくしは何処へ参るにも、これを連れて歩きましたが、もうきょうからわたくしは一人になってしまいました。 もうこの商売も廃めでございます。これから孫の葬いをして、わたくしは山へでも這入ってしまいます。お立ち会いの皆々様。孫はあなた方の御注・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・あんな作品がほめられているような文壇や、あんな作品に感心しているような人から、けなされて、参るのは情けないと。僕はたたかれても、けなされても、平気で書きつづけた。そして今日もなおその状態が変らない。僕は相変らずたたかれて、相変らず何くそと思・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
出典:青空文庫