・・・と、何か激したことのあるらしく婆さんはまくしかけた。 十 一息つき言葉をつぎ、「第一、その日清戦争のことを見透して、何か自分が山の祠の扉を開けて、神様のお馬の轡を取って、跣足で宙を駈出して、旅順口にわたりゃあ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・こういう時は、その粉雪を、地ぐるみ煽立てますので、下からも吹上げ、左右からも吹捲くって、よく言うことですけれども、面の向けようがないのです。 小児の足駄を思い出した頃は、実はもう穿ものなんぞ、疾の以前になかったのです。 しかし、御安・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と紫玉はもう褄を巻くように、爪尖を揃えながら、「でも何だか。」「あら、なぜですえ。」「御幣まで立って警戒をした処があっちゃあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」「いいえ、あの御幣は、そんなおど・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・『八犬伝』の本道は大塚から市川・行徳雨窓無聊、たまたま内子『八犬伝』を読むを聞いて戯れに二十首を作る橋本蓉塘 金碗孝吉風雲惨澹として旌旗を捲く 仇讎を勦滅するは此時に在り 質を二君に委ぬ原と恥づる所 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ やはり、子供の時分のこと、まくわ瓜が大好きでした。その香も私には、よかったのです。まだ、あまりメロンなどを見なかった頃で、この種のものに、より良い種のあることなど知らなかったのでした。これにつけて、忘れ難きは、四万八千日の日に、祖・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・垢を一杯ためながら下宿の主婦である中年女と彼自身の理論から出たらしいある種の情事関係を作ったり、怪しげな喫茶店の女給から小銭をまきあげたり、友達にたかったりするばかりか、授業料値下げすべしというビラをまくことを以て、主義に忠実な所以だとして・・・ 織田作之助 「髪」
・・・不良少年はお前だと言われるともはやますます不良になって、何だいと尻を捲くるのがせめてもの自尊心だ。闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて行った。三 あれから五年になると、夏の夜の「ダイス」を想い出しながら、私は・・・ 織田作之助 「世相」
・・・あとで、チップもない客だと、塩をまく真似されたとは知らず、己惚れも手伝って、坂田はたまりかねて大晦日の晩、集金を済ませた足でいそいそと出掛けた。 それから病みつきで、なんということか、明けて元旦から松の内の間一日も缺かさず、悲しいくらい・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・引きあげられた漁船や、地引網を捲く轆轤などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜は・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ ほかの少年らも驚いて、豊吉を怪しそうに見て、急に糸を巻くやら籠を上げるやら、こそこそと逃げていってしまった。 豊吉はあきれ返って、ぼんやり立って、少年らの駆けて行く後ろ影を見送った。『上田の豊さんが帰ったそうだ』と彼を記憶・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫