・・・ こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申しますと、赤穂一藩に人も多い中で、御覧の通りここに居りまするものは、皆小身者ばかりでございます。もっとも最初は、奥野将監などと申す番頭も、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「ええ、宗俊御願がございまする。」 河内山はこう云って、ちょいと言葉を切った。それから、次の語を云っている中に、だんだん頭を上げて、しまいには、じっと斉広の顔を見つめ出した。こう云う種類の人間のみが持って居る、一種の愛嬌をたたえなが・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・しかしあるいはああ云うことを怨まれたかと思うことはございまする。」「何じゃ、それは?」「四日ほど前のことでございまする。御指南番山本小左衛門殿の道場に納会の試合がございました。その節わたくしは小左衛門殿の代りに行司の役を勤めました。・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・武士らしく切腹でも申しつけまするならば、格別でございますが。」 修理はこれを聞くと、嘲笑うような眼で、宇左衛門を見た。そうして、二三度強く頭を振った。「いや人でなし奴に、切腹を申しつける廉はない。縛り首にせい。縛り首にじゃ。」 ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・「それはもう、きっと、まだ、方々見させてさえござりまする。」「そうかい、此家は広いから、また迷児にでもなってると悪い、可愛い坊ちゃんなんだから。」とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「御参詣の方にな、お触らせ申しはいたさんのじゃが、御信心かに見受けまするで、差支えませぬ。手に取って御覧なさい、さ、さ。」 と腰袴で、細いしない竹の鞭を手にした案内者の老人が、硝子蓋を開けて、半ば繰開いてある、玉軸金泥の経を一巻、手・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・「同役(といつも云う、士の果か、仲間は番でござりまして、唯今水瓶へ水を汲込んでおりまするが。」「水を汲込んで、水瓶へ……むむ、この風で。」 と云う。閉込んだ硝子窓がびりびりと鳴って、青空へ灰汁を湛えて、上から揺って沸立たせるよう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・「泣きみ、笑いみ……ははッ、ただ婦女子のもてあそびものにござりまする。」「さようか――その儀ならば、」……仔細ない。 が、孫八の媼は、その秋田辺のいわゆるではない。越後路から流漂した、その頃は色白な年増であった。呼込んだ孫八が、九郎判官・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・それだによってわれわれのなかに文学者になりたいと思う観念を持つ人がありまするならば、バンヤンのような心を持たなくてはなりません。彼のような心を持ったならば実に文学者になれぬ人はないと思います。 今ここに丹羽さんがいませぬから少し丹羽さん・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ある人のいいまするに、デンマーク人はたぶん世界のなかでもっとも富んだる民であるだろうとのことであります。すなわちデンマーク人一人の有する富はドイツ人または英国人または米国人一人の有する富よりも多いのであります。実に驚くべきことではありません・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫