・・・ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄を右手にかかえて走るようにして出て来たのです。「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。 女中に、 私の処へ手紙が来てないかい。ときく。書生にも同じ事を聞く。 十二時すぎに、待・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの来るのを待つかも知れない。しかしその恩知らず、その卑怯者をそれと知らずに、先代の主人が使っていたのだと言うものがあったら、それは彼らの忍び得ぬことであろう。彼らはどんなにか口惜しい思・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・われわれの待つべき貴きものの一つはそれである。文学と感覚 自分は文芸春秋の創刊当時から屡々感覚と云う言葉を口にして来た。しかし、これは云うべき時機であるが故に云ったにすぎない。いつまでも自分は感覚と云う言葉を云っていたくはな・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・この退屈な待つ間を面白く過ごすような事でもあれば好いと反謀気も出て来るのである。 フィンクは思わず八の字髭をひねって、親切らしい風をして暗い隅の方へ向いた。「奥さん。あなたもやはりあちらへ、ニッツアへ御旅行ですか。」「いいえ。わ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・年長の仲間たちがそれを見いだした時の喜び方で、彼は説明を待つまでもなくそれを心得たのである。 しかしそれは茸の価値が彼の体験でないという意味ではない。教え込まれた茸の価値はいわば彼に探求の目標を与えたのであった。すなわち彼を茸狩りに発足・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫