・・・されば御家相続の子無くして、御内、外様の面、色諫め申しける。」なるほどこういう状態では、当人は宜いが、周囲の者は畏れたろう。その冷い、しゃちこばった顔付が見えるようだ。 で、諸大名ら人の執成しで、将軍義澄の叔母の縁づいている太政大臣九条・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・それが虚言か真実かも分らぬが、これでは何様いう始末になるか全く知れぬので、又新に身内が火になり氷になった。男はそれを見て、「にッたり」を「にたにたにた」にして、「ハハハ、心配しおるな、主人は今、海の外に居るのでの。安心し居れ。今宵の始末・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・この娘は、焼けない前から小竹の家に奉公していたもので、東京にある身内という身内は一人も大火後に生き残らなかった。全く独りぼっちになってしまったような娘だ。お三輪について一緒に浦和まで落ちのびて来たものは、この不幸な子守娘だけであった。多勢使・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 同日、摂政宮殿下からは、救護用として御内ど金一千万円をお下しになりました。食料品は鉄道なぞによっても、どんどん各地方からはこばれて来たので、市民のための食物はありあまるほどになりました。 赤さびの鉄片や、まっ黒こげの灰土のみのぼう・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・彼女の身内を貫いて、丁度満月の時、海の真中からゆらぎ出す潮のように、新たな、云うに云われない感覚が、流れました。スバーは、我と我身を顧みました。自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・などと、まことに下手なほめ方をして外套を脱ぎ、もともと、もう礼儀も何も不要な身内の家なのですから、のこのこ上り込んで炉傍に大あぐらをかき、「ばばちゃは、寝たか。」とたずねます。 圭吾には、盲目の母があるのです。「ばばちゃは、寝て・・・ 太宰治 「嘘」
・・・女房の身内のひとの事に少しでも、ふれると、ひどく二人の気持がややこしくなる。 生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいってい・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ あの、笹島先生がこの家へあらわれる迄はそれでも、奥さまの交際は、ご主人の御親戚とか奥さまの身内とかいうお方たちに限られ、ご主人が南洋の島においでになった後でも、生活のほうは、奥さまのお里から充分の仕送りもあって、わりに気楽で、物静かな・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ ずいぶん、たくさんの身内が死んだ。いちばん上の姉は、二十六で死んだ。父は、五十三で死んだ。末の弟は、十六で死んだ。三ばん目の兄は、二十七で死んだ。ことしになって、そのすぐ次の姉が、三十四で死んだ。甥は、二十五で、従弟は、二十一で、どち・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・また、ある夕方、御飯をおひつに移している時、インスピレーション、と言っては大袈裟だけれど、何か身内にピュウッと走り去ってゆくものを感じて、なんと言おうか、哲学のシッポと言いたいのだけれど、そいつにやられて、頭も胸も、すみずみまで透明になって・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫