・・・しかも一人は眉間のあたりを、三右衛門は左の横鬢を紫色に腫れ上らせたのである。治修はこの二人を召し、神妙の至りと云う褒美を与えた。それから「どうじゃ、痛むか?」と尋ねた。すると一人は「難有い仕合せ、幸い傷は痛みませぬ」と答えた。が、三右衛門は・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ 保吉は眉間の震えるのを感じた。「ビイル!」 物売りはさすがに驚いたように保吉の顔へ目を注いだ。「朝日ビイルはありません。」 保吉は溜飲を下げながら、物売りを後ろに歩き出した。しかしそこへ買いに来た朝日は、――朝日などは・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・驚いて、振り返ると、その拍子にまた二の太刀が、すかさず眉間へ閃いた。そのために血が眼へはいって、越中守は、相手の顔も見定める事が出来ない。相手は、そこへつけこんで、たたみかけ、たたみかけ、幾太刀となく浴せかけた。そうして、越中守がよろめきな・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、その眉間の白毫や青紺色の目を知っているものには確かに祇園精舎にいる釈迦如来に違いなかったからである。 釈迦如来は勿論三界六道の教主、十方最勝、光明無礙、億々衆生平等引導の能化である。けれどもその何ものたるかは尼提の知っているところで・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・仁右衛門は右手に隠して持っていた斧で眉間を喰らわそうと思っていたが、どうしてもそれが出来なかった。彼れはまた馬を牽いて小屋に帰った。 その翌日彼れは身仕度をして函館に出懸けた。彼れは場主と一喧嘩して笠井の仕遂せなかった小作料の軽減を実行・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 声が眉間を射たように、旅客は苦しげに眉を顰めながら、「鍵はありません。」「ございませんと?……」「鍵は棄てました。」 とぶるぶると胴震いをすると、翼を開いたように肩で掻縮めた腕組を衝と解いて、一度投出すごとくばたりと落・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ところが買って来たものの、屠殺の方法が判らんちゅう訳で、首の静脈を切れちゅう者もあれば眉間を棍棒で撲るとええちゅう訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・容貌について言うなれば、額は広く高く、眉は薄く、鼻は小さく、口が大きくひきしまり、眉間に皺、白い頬ひげは、ふさふさと伸び、銀ぶちの老眼鏡をかけ、まず、丸顔である。」なんのことはない、長兄の尊敬しているイプセン先生の顔である。長兄の想像力は、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・黒眼がち、まじめそうな細面の女店員が、ちらと狐疑の皺を眉間に浮べた。いやな顔をしたのだ。嘉七も、はっ、となった。急には微笑も、つくれなかった。薬品は、冷く手渡された。おれたちのうしろ姿を、背伸びして見ている。それを知っていながら、嘉七は、わ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・』先夜ひそかに如上の文章を読みかえしてみて、おのが思念の風貌、十春秋、ほとんど変っていないことを知るに及んで呆然たり、いや、いや、十春秋一日の如く変らぬわが眉間の沈痛の色に、今更ながらうんざりしたのである。わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あ・・・ 太宰治 「喝采」
出典:青空文庫