・・・ 省作はこれで今日は稲が刈れるかしらと思うほど、五体がみしみしするけれど、下女にまで笑われるくらいだから、母にこそ口説いたものの、ほかのものには決して痛いなどと言わない。 省作は今年十九だ。年の割合には気は若いけれど、からだはもう人・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・生島はみしみし階段をきしらせながら自分の部屋へ帰った。そして硝子窓をあけて、むっとするようにこもった宵の空気を涼しい夜気と換えた。彼はじっと坐ったまま崖の方を見ていた。崖の路は暗くてただ一つ電柱についている燈がそのありかを示しているに過ぎな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・と主人の少女はみしみしと音のする、急な階段を先に立て陞って、「何卒ぞ此処へでも御座わんなさいな。」 と其処らの物を片付けにかかる。「すこし頼まれた仕事を急いでいますからね、……源ちゃん、お床を少し寄せますよ。」「いいのよ、其・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 寒気が裂けるように、みしみし軋る音がした。 ペーチカへ、白樺の薪を放りこんだワーシカは、窓の傍によって聴き耳を立てた。二重硝子を透して遠くに、対岸の黒河の屋根が重い支那家屋の家なみが、黒く見えた。すべてがかたまりついた雪と氷ばかり・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・、まえぶれがあって、その会合に出ているアルバイタアたちでさえ、少し興奮して、ざわめきわたって、或る小地区の代表者として出席していた私のその友人は、もう夢みるような心地で、やがて時間に一秒の狂いもなく、みしみし階段の足音が聞えて、やあ、といい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・俥はもうみしみし云っていますし私はこれから病院へはいります。」 すると山男は、「うんもっともだ。さあこれだけやろう。つりは酒代だ。」と云いながらいくらだかわけのわからない大きな札を一枚出してすたすた玄関にのぼりました。みんなははあっ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・ 暫くまた二人の話をきいていたが、一太は行儀よくしていることに馴れないから、籠に入れられた犬のように節々がみしみしして来た。一太は「アアー」と欠伸をしながら延びをした。「何ですね一ちゃんは! あなたも一緒にちゃんとお願いするもんです・・・ 宮本百合子 「一太と母」
出典:青空文庫