・・・けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界自身の発展であって、けっして畸形に捏ねあげられた煤色のユートピアではない。三 これらはけっして偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分析とはあっても、たしかにこのと・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・霧は禁慾的な、隠遁的な気分に満ちて居る。 私は今の処は霧の方を好いて居る。 冷静な頭に折々はなりたいと思うからだ。 霧の立ちこめた中に只一人立って、足元にのびて居る自分の影を見つめ耳敏く木の葉に霧のふれる響と落葉する声を聞いて居・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・それかといって、多くの女性が、自分の娘の幼い通学姿を眺めて、我知らず追懐に胸をそそられるだろうような場合は、未だ自分にとっては未知の世界に属する。若しかすると、折々記憶の裡に浮み上るその頃の自分が、我ながら無条件に可愛ゆいとは云いかねるよう・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・然し今まで平穏に自分の囲を取捲いていた生活の調子は崩れてしまうだろう、自分はまるで未知未見な生活に身を投じて、辛い辛い思いで自分を支えて行かなければならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 文学的趣味を豊かに蔵され、時折作品なども発表される夫人は、全然未知の方ながら、自分の心持に於て同じ方向を感じずにはおられません。 お年も未だ若く御良人に対する深い敬慕や、生活に対しての意志が、とにかく、文字を透して知られているだけ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・そのとき長十郎の心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ所へ往き着いたような、力の弛みと心の落着きとが満ちあふれて、そのほかのことは何も意識に上らず、備後畳の上に涙のこぼれるのも知らなかった。 長十郎はまだ弱輩で何一つきわ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それはわれわれの主観をして既知なる経験的認識から未知なる認識活動を誘導さすことによって触発された感覚である。此のより深き認識への追従感覚を所有した作品をまた自分は尊敬する。例えば最も平凡な例をもってすれば、ストリンドベルヒの「インフェルノ」・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 自信に満ちた栖方の笑顔は、日常眼にする群衆の憂鬱な顔とはおよそかけ放れて晴れていた。「潜水艦にもかけてみましたが、これは、うっかりして、後尾へ当っちゃったものだから、浮きあがる筈のやつが、いつまでも浮かないんですよ。気の毒なことを・・・ 横光利一 「微笑」
・・・諸君の中には確かにある未知の神への憧憬が動いているのである。予の神はこの、諸君が知らずして礼拝するところの神である。諸君はあの祭壇に、人間の手で作った神を据えなかった。それはまことに正しい。万物の造り主である活ける神は、人の工と巧とをもって・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・o some wight amazed to hearJesting deep in forest drear. 春の一夜、日光の下に七つの星を頂いて森をさすらう時、キーツの胸には悪に満ちたる現世に対して激烈なる憎悪の念が起・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫