・・・それで、この国曳きの神話でも、単に無稽な神仙譚ばかりではなくて、何かしらその中に或る事実の胚芽を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があっ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・私は読者の中で国家百年の将来を思う人々があらば、どうかこういう国家的にも世界的にも意義の深い仕事に有形無形の援助を惜しまれないようにこの機会をかりて切望する次第である。 人間が地上ばかりを歩いている間は普通の地図で足りるが、空を飛び歩く・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・は、少なくも現在においては、無形な実証のないものであるが、これらの天変地異の「非常時」は最も具象的な眼前の事実としてその惨状を暴露しているのである。 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発す・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・おいて任意の時代に発生した文化の産物のすべてのものが、時とともに拡散して行くのは、ちょうど水の中にたらした一滴のアルコホルの拡散して行く過程と、どこか類似したものであろう、という想像は、理論上それほど無稽なものではあるまいと思われる。 ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ あらゆる先入観念を捨て、あらゆる枝葉の利害を除いて最も本質的にこの問題を考えてみたならば、私がここに言っていることが必ずしも無稽なものでない事が了解されはしないかと思う。 次に考えなければならないのはいわゆる社会欄である。この欄の・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・まず大体の上においてこの命題は確然たる根拠のあるものと御考えになっても差支早い話しが無臭無形の神の事でもかこうとすると何か感覚的なものを借りて来ないと文章にも絵にもなりません。だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・で、無形なものであるべき怨霊が、有形の棍棒を振うことは、これは穏かでない話であった。だが、困った事には、怨霊の手段としての、言論や文字や、棍棒は禁圧が出来たが、怨霊そのものについては? こいつは全で空気と同じく、あらゆる地面を蔽ってはいたが・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・第五癩病の如き悪疾あれば去ると言う。無稽の甚しきものなり。癩病は伝染性にして神ならぬ身に時としては犯さるゝこともある可し。固より本人の罪に非ず。然るを婦人が不幸にして斯る悪疾に罹るの故を以て離縁とは何事ぞ。夫にして仮初にも人情あらば、離縁は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・いわんや彼の西洋諸大家の理論書を窺い、有形の物理より無形の人事に至るまで、逐一これを比較分解して、事々物々の原因と結果とを探索するにおいてをや。読てその奥に至れば、心事恍爾としてほとんど天外に在るの思をなすべし。この一段に至て、かえりみて世・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・実際には行われ難き事なれども、もしも諸方に行わるる政談演説を聴きて、その論勢の寛猛粗密を統計表につくりて見るべきものならば、そのいよいよ粗暴にして言論の無稽なる割合にしたがいて、その演説者もいよいよ不学なりとの事実を発明することあるべし。他・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
出典:青空文庫