・・・ いきなり本線シグナルつきの電信柱が、むしゃくしゃまぎれに、ごうごうの音の中を途方もない声でどなったもんですから、シグナルはもちろんシグナレスも、まっ青になってぴたっとこっちへ曲げていたからだを、まっすぐに直しました。「若さま、さあ・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ ゴーシュはひるからのむしゃくしゃを一ぺんにどなりつけました。「誰がきさまにトマトなど持ってこいと云った。第一おれがきさまらのもってきたものなど食うか。それからそのトマトだっておれの畑のやつだ。何だ。赤くもならないやつをむしって。い・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・それからいかにもむしゃくしゃするという風にそのぼろぼろの髪毛を両手で掻きむしっていました。 その時谷地の南の方から一人の木樵がやって来ました。三つ森山の方へ稼ぎに出るらしく谷地のふちに沿った細い路を大股に行くのでしたがやっぱり土神のこと・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・その日はわたくしは役所で死んだ北極熊を剥製にするかどうかについてひどく仲間と議論をして大へんむしゃくしゃしていましたから、少し気を直すつもりで酒石酸をつめたい水に入れて呑んでいましたら、ずうっと遠くですきとおった口笛が聞えました。その調子は・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・れ優等児製造はかくの如き文化性から生み出されるかという印象を与える雰囲気、画面の所謂芸術写真風な印画美であるが、私たち数人の観衆はこの文化映画として紹介されているもののつめたさに対して何か人間としてのむしゃくしゃが胸底に湧くのを禁じ得なかっ・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・それで忠直卿は終いにむしゃくしゃになってしまった。当時の封建的な時代には殿様を廃業してそこらの人間になればもっともっと人間らしい生活ができるということがわからない。そこで殿様は煩悶して家来を手打ちにしたりして乱暴するものですから幽閉されて、・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・という言葉が洩れるときは、きっと何か仕事がうまく行かなかったときとか、気がむしゃくしゃして、腹を立ててやる相手が必要なときに限られているといっても、決してそれが誇張ではないほど、彼の権威は微かであった。「ヘッ! 俺ら家のとっさんか…・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・昔から女は、外で亭主がむしゃくしゃしてきた鬱憤をはらす対象として躾けられて来た。女の生活の眼もいくらかは開いて、そのような列の力学をも、歴史の経てゆく容相の一つとして今は理解してゆくのかもしれない。 野菜ものの価が下るというよろこばしい・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫