・・・ 小風は、可厭、可厭…… 幼い同士が威勢よく唄う中に、杢若はただ一人、寒そうな懐手、糸巻を懐中に差込んだまま、この唄にはむずむずと襟を摺って、頭を掉って、そして面打って舞う己が凧に、合点合点をして見せていた。 ……にもか・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・指のさきで払い落したあとが、むずむずと痒いんだね。 御手洗は清くて冷い、すぐ洗えばだったけれども、神様の助けです。手も清め、口もそそぐ。……あの手をいきなり突込んだらどのくらい人を損ったろう。――たとい殺さないまでもと思うと、今でも身の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ が、次第に引潮が早くなって、――やっと柵にかかった海草のように、土方の手に引摺られた古股引を、はずすまじとて、媼さんが曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出す、その効なく……博多の帯を引掴みながら、素見を追懸けた亭主が、値が出・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・根に軽く築いた草堤の蔭から、黒い髪が、額が、鼻が、口が、おお、赤い帯が、おなじように、揃って、二人出て、前刻の姉妹が、黙って……襟肩で、少しばかり、極りが悪いか、むずむずしながら、姉が二本、妹が一本、鼓草の花を、すいと出した。「まあ、姉・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・丹下はむずむずしきった。無論遊佐の見じろぎの様子一ツで立上るつもりである。「遊佐殿も方々も御手あげられて下されい。丹下右膳殿御申出通りに計らい申しましょう。」 人々は皆明るい顔を上げた。右膳は取分け晴れやかな、花の咲いたような顔をし・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・見るだけで自分の背中がむずむずするようであった。なんのためにわざわざこんないやなことをするのか了解できなかった。十二三歳のころ病身であったために、とうとう「ちりけ」のほかに五つ六つ肩のうしろの背骨の両側にやけどの跡をつけられてしまった。なん・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・唇がむずむずと動く。最前男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分違わぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫ギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」と聞く。肩を揺り越した一握りの髪が軽くうねりを打つ。坊さんは「知り申さぬ」と答えて「ま・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・けれどもカン蛙は、その立派なゴム靴を見ては、もう嬉しくて嬉しくて、口がむずむず云うのでした。 早速それを叩いたり引っぱったりして、丁度自分の足に合うようにこしらえ直し、にたにた笑いながら足にはめ、その晩一ばん中歩きまわり、暁方になってか・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ そんな事を思いながら、本を読んで居たけれ共、何にも気が入らないので、何だか落つかないいやな空合を窓からぼんやりながめて居ると、今仕かけて居る仕事のはかどらない歯がゆさにむずむずして来る。 この八月中に下書きだけでも出来上らせて仕舞・・・ 宮本百合子 「曇天」
出典:青空文庫