・・・ 倶楽部の人々は二郎が南洋航行の真意を知らず、たれ一人知らず、ただ倶楽部員の中にてこれを知る者はわれ一人のみ、人々はみな二郎が産業と二郎が猛気とを知るがゆえに、年若き夢想を波濤に託してしばらく悠々の月日をバナナ実る島に送ることぞと思えり・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・されどその幻に似て遠きかなたに浮かべるさまは年若き者の夢想を俤にして希望という神の住みたもうがごとく、青年の心これに向かいてはただ静かに波打つのみ。 林の貫きて真直に通う路あり、車もようよう通い得るほどなれば左右の梢は梢と交わり、夏は木・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・トルストイのような古今無双の天才でも、自分が実際行ったセバストポールと、想像と調査が書いた「戦争と平和」に於ける戦争とには、段がついている。「セバストポール」には、本当にその場に行き合わしたものでなければ出せないものがある。それが吾々を・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・『八犬伝』は結城合戦に筆を起して居ますから足利氏の中葉からです、『弓張月』は保元からですから源平時代、『朝夷巡島記』は鎌倉時代、『美少年録』は戦国時代です。『夢想兵衛胡蝶物語』などは、その主人公こそは当時の人ですが、これはまたその描いてある・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 澄元契約に使者に行った細川の被官の薬師寺与一というのは、一文不通の者であったが、天性正直で、弟の与二とともに無双の勇者で、淀の城に住し、今までも度たびたび手柄を立てた者なので、細川一家では賞美していた男であった。澄元のあるところへ、澄・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・大地震でも起って、世界がひっくりかえったら、なんて事ばかり夢想している奴なんだね、君は。」私は、多少いい気持でお説教をはじめた。「たった一日だけの不安を、生涯の不安と、すり変えて騒ぎまわっているのだ。君は秩序のネセシティを信じないかね。ヴァ・・・ 太宰治 「乞食学生」
書房を展開せられて、もう五周年記念日を迎えられる由、おめでとう存じます。書房主山崎剛平氏は、私でさえ、ひそかに舌を巻いて驚いたほどの、ずぶの夢想家でありました。夢想家が、この世で成功したというためしは、古今東西にわたって、・・・ 太宰治 「砂子屋」
・・・私は、ひとりよがりの謂わば詩的な夢想家と思われるのが、何よりいやだった。兄たちだって、私がそんな非現実的な事を言い出したら、送金したくても、送金を中止するより他は無かったろう。実情を知りながら送金したとなれば、兄たちは、後々世間の人から、私・・・ 太宰治 「東京八景」
「まあ、綺麗。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。」「あら、お母さん、それは夢よ。」 この二人の会話に於いて、一体どちらが夢想家で、どちらが現実家なのであろうか。 母は、言葉の上ではまるで夢想家のよ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
出典:青空文庫